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結城 慶士
試合


日曜日、私は朝早くに起きた。


今日は結城くんの試合の日だ。
あの誘われた日から、彼とは会っていない。
どうやら、……というかやっぱり、彼は私と会った日、部活をサボったらしい。


けれど、サッカーに向ける情熱は決してテキトーなものじゃなくて、ちゃんと好きだってわかる。


だってこの前の試合に誘ったあの目。
すごくキレイだったから。






試合会場は、東高グラウンド。
ホームゲームだし、気合いが入ってるんだろうな。
浮かれながら、家を出た。


外に出ると、暖かな空気。
夏を迎える少し前の穏やかな季節。木に緑が茂り、もうすぐ梅雨がくる。


有栖川駅に電車が流れ込んできて、私は乗り込んだ。
初めて降りる東石田駅。
有栖川から数分もしないうちに着く。
これは東石田駅が、東高に通う生徒のためだけに作られた駅だから。


まだ新しい小さな駅のホームに降りると、駅前からまっすぐと陸橋がのびていた。
その頂上にさしかかった時、海岸方向に白い校舎があるのが見えた。
あれが東高なんだろう。






校門をくぐり、脇から裏のグラウンドへ向かった。
すでに試合開始直前のようで、赤と青のユニフォームを着た人々が各自練習している。
思ったより一般の観客が多い。
というか女子が多い………。
椿川女子で見かける女の子も数人いた。




「柄園さん」
静かに声をかけられ、振り向いた。
そこにはやはり穏やかに微笑む、結城くん。
「来てくれたんだ」
「あ、うん……」
「ありがと」
彼が微笑した。
それだけで結構嬉しい。
「あんまり面白くないかもしれないけど、見てってね」
集合の笛が鳴って、彼が走っていった。
鮮やかな青のユニフォームの背中。
今日の空とよく似てる。










試合が始まって、ボールが天高く飛んだ。
あまりにも高く飛ぶから、太陽で目がくらんで細めて見た。


今日はなんだか暑い。
南風が時たま強く吹いて、砂が舞った。
顧問の先生が声を荒げている。
前半を終えても、得点は「0−0」だった。



「なんかポケーッとしてたね」
私の座るベンチに走ってきて、彼が隣に座った。
あ、汗かいてる。
……ハンカチ、いるかな。



「慶士!」
「あ、千代美」
声のした方を見ると、青のジャージを着た女子高生がタオルを抱えて走ってきた。
「そのまんまじゃ風邪ひくよ!」
「ああ、ゴメン」
膨れっ面をした彼女が彼にタオルを手渡す。
そしてこちらを見て、瞳を大きくした。
「……誰?」
小声で呟いた、と思う。
「ああ、千代美は初めて見るよな。こっち柄園美乃里さん」
彼が私に手を添えて言った。
「あ、う、うん」
聞いていたのかいなかったのか、彼女が曖昧に頷いた。
「私……えっと、木村千代美」
「あ……どうも」
軽く会釈する。
「千代美はオレの幼なじみね。んでマネージャー」
彼が膝に肘をついて、私の顔を覗くように見る。
「そうなんだ……。幼なじみってことは昔から仲良しなんだね」
「………うーん。犬猿の仲な気がするけど」
「なによ〜」
千代美ちゃんが、彼を見て膨れっ面。
ホントに仲良しなんだ。
「……あ、後半だ」
「がんばんなよ!」
千代美ちゃんが彼の背中をバシッと叩いた。「いって!」と彼が悲鳴を上げる。
「ちゃんと得点入れるんだからね!」
彼女が彼に向かって叫んだ。


ピピー!と威勢のいい笛の音が鳴って、赤と青がバラバラに散っていく。
千代美ちゃんはそれを見ながら、私の横に腰を据えた。


「……ふぅ。アイツいつもヘラヘラしてるから危なっかしい」
耳に髪をかけながら、彼女が一言漏らした。
「でもそんなとこがカワイイよね」
私が笑って彼の背中を見る。
「え?」
彼女が私の横顔を見つめた。
「あなたもしかして……」
「マネージャー!こっち来て記録して!」
「あ、はい!」

先輩のマネージャーだろうか。
厳しそうな女性がこちらに向かって叫んだ。
彼女は急いで立ち上がって駆けていく。



なんだか天気もいいし、すごく気分がいいかも。
結城くんの意外な一面も見られたし。




「……あ」


彼にボールが回った。
すごく楽しそうな顔をして、ボールを蹴る。

1人、2人、3人……ディフェンダーを3人も抜いちゃった。


直後、「キャー!」と歓声が上がる。




その声に押されながら、ゴールを見た。
すごい……結城くんシュートして、点入れちゃった。


『さすが東高の期待の星!ボールが回ったら最後だね』
誰かが誰かに言うのが聞こえた。
『すごぉい。うまいんだぁ!カッコイイし、来てよかったかも』
そんな声すら聞こえる。


……ていうか、ここにいる人たちってもしかして………



『結城くんまたこっちに来たよ!』
『またあの子と話に?』
『いいなぁ〜』
ここにいる人たちが見に来たのって……


「柄園さん見た!?勝ったよ!」
見たことのない満面の笑みで彼が私に駆け寄る。
……ヤダ、どうしよう。
何?この動機は。
「すごかったね」
それだけしか言えなかった。でも彼はそれだけでも満足したみたいで。
「今日きっと柄園さんが来たから。そこにいて?一緒に帰ろ!」
彼が穏やかな目で、私を見上げた。


「ちょっと慶士!どこ行くつもり!?これからグラウンドの整備だよ!」
「わりぃ、やっといて千代美!」
「ちょ、慶士!」
怒鳴り声に近い木村さんの声が遠くから聞こえた。
彼が鞄を抱えて走ってくる。
「……いいの?」
「いいよ。千代美は優しいの」
そう言って、彼が私の頭を掴んだ。
「わっ」



大きな手。
温かいんだけど。



……だけど。


体の向きを変える瞬間に見えた千代美ちゃんの悲しい顔がとても胸に引っかかった。






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あきゅろす。
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