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母は男装の麗人だったそうだ。
記憶はない。
ただ、母の奏でる笛の音だけは覚えていた。
腹の内での記憶かもしれない。
父は私に母の形見をくれた。
質素な笛だった。
しかし美しい音だった。
私は弱く、脆い存在だった。
私を生んで直ぐに命を落とした母は、もっとか弱かった。
母は、人間だからだ。
私は父の首塚の前に立っていた。
母と父は確かに愛し合っていたのだろう。
しかし、鬼である父と交わった母は人間から疎まれ、父は妖怪から弾かれた。
人の血肉を口にしない鬼など、恐怖の対象になりはしない。
父は私を守って討たれた。
人間に殺された。
父は人間を愛していた。
か弱く愚かな存在を、とても愛していた。
それなのに。
それなのに。
背後で村が燃える。
人々の断末魔が響いた。
肉片を、魂を食い荒らそうと、妖怪どもが集まる。
私は黒雲に満ちた空を見上げた。
もう誰かに守られねばならぬほど、私は弱くない。
父上、母上!見てください。
私は見事に仇を討ちました。
もう、虐げられて無力に泣いている弱い私はいません。
「お前が元凶か」
恐ろしく冷たい声と共に、私の胸を一本の矢が貫いた。
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