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*


命のやり取りは、その男を何よりも興奮させた。
少しでも気を抜けば、死して地に伏すのは己の方なのだ。
恐怖に乗っ取られ、ガクガクと震える相手を見下ろすのは一種の快感だった。
無慈悲に刃を振り下ろす。
あるいは、もっと痛めつけジワジワと生を奪う。
魂の消え逝く瞬間など男には見えなかったが、それを男は肌で感じていた。
全身を駆け巡る冷気と熱気。
怨みの魂が足元に、腕に巻きつくような感覚。
常人ならば気が狂うであろう恐ろしい感覚も、すでに狂気に満ちた男にとっては快感でしかなかった。


赤い髪を逆立て、右手に銃を構えた男はまるで鬼のようだった。


「た、助けてく…う゛っ」


パンッ、乾いた音が響く。
港には燃え盛る船があった。
何隻も、何隻も。

赤髪の鬼に命乞いをしていた男の脳天には穴が空いていた。
力なく男が地面に倒れる。
赤髪の鬼…ユースタス・キャプテン・キッドはそれをつまらなさそうに見下ろした。
キッドの欲を満たすには、まだ足りないのだ。
こんなものでは、足りない。


「弱ぇな。他にはいねぇのか」
「今のが最後だ」


キッドに答えたのは鉄仮面の男だった。
両手に携えた武器からは鮮血が滴っている。
この男も相当の人数を殺したらしい。


「どうせテメーが粗方殺っちまったんだろ、キラー」
「数はお前と大差ないだろう」


人を殺すことなど彼らにとっては大したことではないらしい。
世間話でもするかのような調子で、二人は死体の数を数えた。


途中で面倒になったのか、キッドは港町の方へ目を向けた。
海上で派手に戦っていた海賊を見て、町の住人はほとんど逃げてしまっていた。


「女は乗ってなかったのかよ」
「知らん。いたとしても、もう死体だろう」
「死体を抱く趣味はねぇ」


キッドが片頬を上げて笑うと、キラーはため息をついた。


「町で適当に見繕ってくれば良いだろう。選ばなければまだ女の一人や二人は残ってるはずだ」
「言われなくてもそうする」


キッドは昂る欲を吐き出すためだけに、町へと歩き始めた。




*



胸を貫いたのは、破魔の矢だった。
竜の髭を織り込んだ墨染めの狩衣がいとも簡単に貫かれる。
視界の先には一人の巫女がいた。
顔までは見えない。
それほど遠くない所に立っているのに、見えなかった。
目が霞んでいるのだ。
巫女の矢の浄化の力は凄まじく、私は妖気を削られていくのを感じた。

誰かを討てば、また誰かが討たれる。

そういう風にこの世はつくられているのだと、いつか聞いたことがある。
父上の言葉だった。

頭が揺れる。もう立っていられない。
私はこのまま死ぬのだろうか。

ならば最後に一矢報いて見せよう。

私は巫女に右手を向けた。
手のひらに熱を感じる。
炎の玉を生み出し、私は最期の力を振り絞って巫女へと放った。
しかし、その炎が巫女を焼くことはなかった。

赤い衣をまとった妖怪が巫女の前に現れる。
私と同じ銀色の髪をしており、頭には犬の耳が生えていた。
妖怪はなぜか巫女に放たれた炎の玉をなぎ払った。
私の怨みが続く限り燃え続けるはずの炎が、一瞬にして消える。

なぜだ…。
なぜ。


「なぜ人間などを庇う!?」


喉に血がせり上がる。
ごぷ、と音を立てて吹き出た。
人間は弱く、愚かで、残酷な生き物だ。
自分以外を許容出来ない矮小な存在だ。
そんなもののために、父は死んだ。
母は蔑まれた。

私はこの世に生を受けた瞬間から、世に疎まれた。

理不尽だ。許せない。
なぜ、ここまで苦しまねばならないのだ。


「ごほっ…貴様それでも妖怪か!?」
「うるせぇ!んなの俺の勝手だ!!」


金色の瞳が光る。
妖怪は腰を低くした。私の懐に入って、一気に引き裂くつもりらしい。
私は両膝を地面に着いた。
そして天に向けて両手を上げる。
妖気の流れを変えた私に気づいたらしい巫女が、叫んだ。


「待て犬夜叉っ!!」


同時に炎の柱が天まで突き上がる。
怨みの炎は、私自身を焼いた。


熱い、苦しい…悲しい。

深紅に染まる視界を、私はどこか遠くから眺めていた。




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あきゅろす。
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