[携帯モード] [URL送信]


 顔を押さえたクラウスが、ゆらりと立ち上がったので、アーベルはびくりと身を竦ませて床を見つめた。勢いで扉を開けてしまったが、こんな姿をユリアンに見られ、今は酷く後悔している。それこそ、あのまま大人しく抱かれておいた方が良かったと思うくらいだ。だがそんな不安も、自分を庇うように前に出たユリアンの背を見て、どこかへと飛んでいってしまう。

「兄上」

 先ほどの焦燥が嘘のように、ユリアンの声は落ち着いていた。それこそ、兄であるクラウスに引けを取らぬ威厳を感じるほどに。

「アーベルは私の騎士。私の剣であり盾である。だから、貴方を殴ったのは私の手だ。どうぞご処分を」

 そう言って膝を折った。騎士が王族にするように、王子である彼は、次期国王になるであろう兄に、不敬を詫びた。それもみな、アーベルのために。
 なんて、素晴らしい人なんだろう。アーベルは堪えていた想いが溢れていくのを感じた。ずっと、この人の傍にいたい。何に代えても、そう心底思う。
 クラウスはそんな2人を見て、呆れたように笑う。

「あはははは! 本当に、変な奴らしかいないのか、ここは」

 肩を揺らしている姿に、アーベル達の方がぽかんとしてしまったほどだ。目尻に涙を溜めて、クラウスはいつもの人好きする笑みを浮かべ、ユリアンを見た。

「ええい愚弟よ、腹が痛い。今回は兄の負けだ」

 帰れ帰れと手の平を振る。あっけない終わりに、アーベルは自分の流した涙はなんだったんだろうと、また泣きたくなった。
 落ちていた制服で上半身を覆うだの情けない姿のまま、小さくなってユリアンの後ろをついていく。いつのもように。ただ1つ違うのは、さっきからユリアンが一言も喋らないことだ。
 寝室まで無言で連れてこられ、ソファーに腰を下ろす頃には、アーベルの緊張も極限にきていた。

「申し訳ありません、殿下」

 ガバリとまた叩頭。今日の自分は何回謝っているのだろうかと、アーベルは溜息を吐いた。
 けれど、いつまで経ってもユリアンからの反応がないので、恐る恐る顔を上げる。そしてまた驚いた。ユリアンが、声を押し殺して泣いていたのだ。

「ユリアン様……」

「うるさい、この大馬鹿者がっ!」

 枕やクッションを投げつけられて、アーベルはおろおろするばかりだ。滅多に泣かない主が泣いている。どうすれば良いのだろう。分からなくなって、自分より細い体をそっと抱きしめた。不敬であることは、この際目を瞑ろう。
 触り心地の良い髪を撫で、王子が泣き止むのをじっと待つ。ユリアンは、アーベルの胸に抱かれて途端に大人しくなった。ぐすぐすと鼻を鳴らしているのに、思わず笑みを零す。

「ありがとうございました……正直、私も少し恐ろしかったので」

 あの王子の目は本気だった。今頃食われて貞操を捧げていたのかと思うと、身震いする。それを感じたのか、ユリアンが労わるようにアーベルの頬を撫でた。



[*前へ][次へ#]
[戻る]


第3回BLove小説漫画コンテスト開催中
無料HPエムペ!