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「ユリアン様……は、真っ白な人なんだ……」

「あーそうだな、うんそう思う。とっても素直だしな」

「……だから、きっと……すてきな……けっこん」

「はいはい。可愛いお姫様を見つけてやるんだよな。もう10回は聞いたぜ」

 その日、珍しくアーベルは酔っていた。隊の中でも有名な堅物であるアーベルが何故。答えは簡単だ。同僚のヨハンが、アーベルを引き摺っていったのだ。
 向かった先は、城下にある人気の酒場。世界中の酒をかき集め、異国の美女がステージの上で、見事な舞を踊っている。そこでアーベルは、マラヤという酒を浴びるように飲んだ。そして今やこの有様だ。

「んうっ……」

「うわわ、吐くんじゃねぇぞ? これしかねぇんだから」

 奮発したマントに突っ込まれた日には、目も当てられない。ヨハネは迷惑そうに顔を歪めたが、アーベルに肩を貸して、中庭を歩いていく。アーベル達は近衛騎士でも数少ない王子の側近だ。その待遇は破格で、1人部屋を与えられている。だから、こうして職務を放棄して酔い潰れたとあっては、外聞が悪いのだ。
 人気のない道を選び、なんとか2人は城のバラ園まで辿りついた。寝所は更に噴水を抜け、細道を通り、裏戸から入らなければならない。無事そこまで辿り着き、ヨハンは安堵の息を吐く。そしてアーベルの部屋の近くまで来た時、通路に佇む人影を見つけた。

「アーベル? なんだ、どうしたんだ!」

「ああ、ユリアン様……」

 ヨハンは誤魔化すように愛想笑いを浮かべた。何故かアーベルの寝所の前に、ユリアンが仁王立ちしているのだから。
 彼はヨハンに抱えられたアーベルを見て目を丸くし、次にそれをすっと細めて、ヨハンに食って掛かった。

「貴様……アーベルに何をした!」

「いえ、私は何もしてませんよ」

「嘘を言うな。アーベルが酔い潰れるなど、今までになかったっ」

 王子は口を引き結び、すやすや寝息を立て始めているアーベルの頬をバシリと張った。

「起きろ馬鹿者め、主人の前だぞ!」

「ん? ……殿下!?」

 寝ぼけていたアーベルは、ユリアンの怒鳴り声でパチリ目を開いた。未だ鈍く痛む頭に顔をしかめながらも、騎士の礼をとろうと床に膝をつく。

「こ、このような場所へ……早くお戻りを」

 こんな薄暗く埃っぽいところに、王子が来て良い訳がない。アーベルはそう言い募ったが、逆にユリアンの機嫌を損ねてしまった。

「なんだ、人がせっかく足を運んだと言うのに!」

「殿下……」

「……あの、とりあえずそこ良いですか?」

 ヨハンがユリアンの後ろにある扉を指差した。アーベルの顔が青白いのを見て、ユリアンもそこは大人しく体を引く。
 まだ体がふらついているアーベルを、ヨハンがベッドに連れて行くのを、鋭い眼差しで睨み付けていた。
 アーベルがベッドに横になったのを確認すると、ヨハンはさっさと部屋の外に出た。

「頑張れよ、アーベル」

 ヨハンが申し訳なさそうな顔でアーベルに声を掛けた。アーベルを連れ出したという負い目があるのだろう。だが、ユリアンが不機嫌も露わに眉を寄せたものだから、ヨハンはすぐに戸を閉めてしまった。
 アーベルの部屋は小さく窓もない。元は書庫だったようだ。あるのはベッドと机だけで、生活臭など欠片もしない。アーベル自身は寝泊りするだけにしか使っていないので文句はないが、質素な椅子に腰掛けたユリアンは、酷く不服そうだ。

「なんだこの部屋は。もっと良い場所などいくらでも余っているだろう。明日にでも引っ越せ。そうだ、私の部屋の近くが良いだろうな」

 そんなことをぶつぶつ言っている。アーベルは苦笑して、重い目蓋と格闘していた。マラヤは花から作る酒で、芳醇な香りと甘い飲み口が特徴だ。意外に子ども舌をしているアーベルにも飲み易く、気が付けば、かなりの量を飲んでしまっていた。



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