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「苦しいのか?」

 気付くと、ユリアンが目の前まで来て、そっとアーベルの頬を撫でていた。見上げたが、焦点を合わせられず、ユリアンがどんな顔をしているかまでは分からない。けれど、声音が存外優しいものだったので、アーベルは思わず頷いてしまった。

「横になれ。お前にやろうとレモネードを持ってきたんだが飲めるか?」

 ユリアンはアーベルが楽になるように襟のリボンを緩めた。

「なんだ、こんなシャツを持っていたのか? めかし込んだつもりか」

「……いえ、そんなつもりは」

 これしか持っていないのだと言うと、ユリアンは小首を傾げる。

「なんだと? 騎士はそんなに貧しいのか」

 アーベルは曖昧に笑って目を閉じた。
 覚えていないだろうが、昔ユリアンがアーベルにくれたのがこのシルクのシャツだ。貴族風で、今のアーベルには少し小さい。けれど未だに愛用している物だ。

「殿下、どうかお戻り下さい。私は、大丈夫ですから」

 もう体が睡眠を欲していた。ぺしゃんこの枕に顔を押し付けると、すぐに夢の世界に誘われる。窓もない部屋には熱気が篭もり、暑がりのアーベルは、知らず知らずシャツを大きく肌蹴る。そこを何かひんやりとしたものが触れて、ああ、心地良いなと感じた。そして、くいっと顎を持ち上げられる。

「ん……?」

 顎を引かれ、何かで唇を塞がれた。柔らかくてとても良い匂いがする。寝ぼけた頭で考えていると、口の中に液体が流れ込んできた。それから、何度も啄ばむような感触が頬に降る。

「ユ、リアン様……?」

 うっすら目を開くと、間近に迫る面差し。こんなに近くで、あの緑の瞳を見られるとは。アーベルは思わず見惚れて、口を薄っすら開いた。長い睫に彩られた瞳が瞬いて、またゆっくりと閉じられる。

「ふぅ……ん? んん!?」

 今度こそ何が起きたか理解したアーベルは、一気に酔いが醒めた。何故、ユリアンが自分に口付けているのだろう。

「あ、何をっ」

 何をしているんだ? アーベルが困惑して、ユリアンの胸を押し返した。酔いが回り普段よりも力のないものだったが、ユリアンは何の抵抗もなく細い体を退く。そして無表情にアーベルを見つめた。

「何だその腕っ節は。そんなことで、私が護れるのか」

「……っ」

 確かに、今この場に痴れ者が現れても、アーベルでは防ぎきれないだろう。そこで自分は酷く愚かだと突きつけられる。未だ見ぬ主の婚約者のことを考えて、ヤケ酒を決め込むとは。

「申し訳ありません……」

 ぎゅっと膝の上で握り締めた拳を見つめ、俯いた。

「もう良い。私も、よく考える」

 アーベルは背筋が凍った。一体、何を考えるのか。新しい側近か? ああ、そうなったら自分はどうすれば良いのだろう。



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