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泡沫

「驚かないの?」
 みっちゃんはそう言うと、不思議そうに首を傾げた。
私は暗くした部屋でベッドに横たわっていた。誰か人の気配を感じて、目をあけると、暗くなった部屋にみっちゃんが立っていたのだ。暗さに慣れた目に、それは自分の幻覚なのか、まだ夢の中なのか、そう思考を巡らせて目をこすって、現実だと思ってみっちゃんの顔を見つめていると、みっちゃんが驚かないの? と聞いてきたのだ。
「勿論」
そう言ってニコリと笑みを浮かべる。
「なんで驚かなくちゃいけないの?」
 私もみっちゃんと同じように首を傾げた。みっちゃんが不思議に思う理由が私にはわからない。私が勿論、と言ってもみっちゃんはやっぱり不思議そうにしている。その様子が可笑しくなって、私は思わず笑ってしまう。
「だって私が望んでいたことだもの。なんで驚かなくちゃいけないの? 反対にとても嬉しいのに」
 みっちゃんが事故で亡くなってから四年が経過していた。中三だった私ももう大学生になっていて、気づいたらこんなにも年月が経っていた。ただでさえ大人しかった私はみっちゃんがいなくなってから、毎日生きる気力をなくしたかのように生きていた。なんとなく高校へ行って、なんとなく大学に入って、なんとなく毎日を過ごしていて。私にとって、幼稚園の頃からみっちゃんが全てだったから。いつも隣にはみっちゃんがいて、何をするにもみっちゃんが一緒で、みっちゃんと一緒に生きてきたようなものだった。なのにいきなりいなくなってしまうものだから、どうしていいのかわからずに、いつの間にかもう四年が経過していた。
 その間ずっとみっちゃんを求めてきた。幽霊でもなんでもいい、みっちゃんが傍にいてくれれば良かった。みっちゃんが傍にいてくれることをずっと望んでいた。幻でもなんでもよかったんだ。みっちゃんが私に話しかけてくれて、こうやってみっちゃんが目の前にいてくれる。こんなことを望んでいた。だから、驚くなんて、絶対にありえない。
「みっちゃん、あの頃となんにも変わらないね」
 私は目を細めてみっちゃんを見る。
 みっちゃんはいなくなる以前と全く変わらない姿をしていた。学校指定のセーラー服を着ていて、鎖骨までの長さのふんわりとした髪の毛は少し茶色味のある色で。みっちゃんは地毛だと言い張っていたけれど、小学校までは真っ黒な髪の毛だったのを私は知っている。生え際が黒くなっているのを何回も発見したし。顔立ちも変わらない。色白の肌に、少し赤みのかかった頬、二重で少しだけ吊りあがった目、いつも口角が上がっている唇。
「ハナちゃんは少し大人っぽくなったね、もう大学生だもんね」
 みっちゃんは昔のようにニヤリと笑う。ニコリじゃなくてニヤリ。なんか悪巧みでもしているかのような笑い方。私はこの笑い方に何度泣かされてきたことか。みっちゃんはいたずらっ子でやんちゃで、いつもとんでもないことをしでかす。あの頃と変わらない笑い方だ。
「すごい、懐かしい」
 そう言うと、勝手に涙がポロリと落ちた。次から次から溢れて止まらない。あんなに求めてたみっちゃんが目の前にいる。そう思うと涙が勝手にこみ上げてくる。
「でも私、幽霊なんだよ?」
「幽霊でもいいんだよ、みっちゃんにずっと会いたかったの。夢や想像の世界の中じゃなくて、こうやって対談したかったの、実際に、現実に。みっちゃん急にいなくなっちゃうんだもの」
「そりゃ事故だからね」
 みっちゃんは鼻で笑うと、私の顔をまじまじと見る。今まで見たことない優しい表情で。その表情に私はドキリとして、涙がふっと止まった。でもドキリとしたことはみっちゃんに言わない。みっちゃんには内緒。
「なんか知らない人見てるみたい」
 みっちゃんには似つかわしくない台詞。まだ幼さが残る顔で、そんなこと以前は言わなかった。またドキリとする。でもやっぱりみっちゃんには内緒。外見は成長しなくても、中身は成長するのかな。私はさっきからドキドキしていて、まるでみっちゃんに恋をしているみたい。久しぶりに見るみっちゃん、久しぶりに会話するみっちゃん、どれもこれもが懐かしくて、嬉しくてたまらない。
「ね、ハナちゃん」
「なぁに?」
 私たちは顔を見合わせて思わず噴出す。
「結局あまり変わってないのかな、私たち」
 みっちゃんはそう言うけれど、私は、変わったよ、と心の中でみっちゃんに話しかける。みっちゃんは少し変わったよ。初めてみるみっちゃんがいた。私は私の時が流れていたように、みっちゃんにはみっちゃんの時間が流れていたんだ。変わらない部分もあるけれど、変わった部分もある。
「私がね、神様に頼んだの、ハナちゃんに会わせてって」
「神様っているの?」
「いるらしいよ、ほら、現にこうやって会えてるじゃん」
「確かに。みっちゃんは天使なの?」
「天使?」
「うん、天使」
ふたりで馬鹿みたいに天使と呟く。
みっちゃんは小さく首を横に振ると、困ったような表情をする。こんな顔をしたみっちゃんは初めて見た。いつも天真爛漫な、悩み事もないような、そんなみっちゃんだったのに、こんな表情をする。みっちゃんは亡くなってからどこにいたのだろう。私が成長したように、心はみっちゃんがいなくなってから成長していないけれど、見た目、外見が成長したのに対して、みっちゃんは外見が成長していないのに心は成長していたのだろうか。
「ただね、」
 みっちゃんは急に黙りこくると、私から目をそらしてため息をついた。
「会えるのは、ここ、ハナちゃんのお部屋で、三十分だけ。意地悪だよね、神様って」
 様子を伺うようにみっちゃんは私をチラリと見て、ニヤリと笑った。その仕草にもドキリとしてしまう私は重症だ。私は目を伏せるとため息を飲み込む。そうして、私は何も変わってないな、と思った。
「その代わり、私と会えた後は良い夢を見せてあげる」
「夢?」
「そう私魔法使いだから」
 みっちゃんは変わりすぎだよ、私ははにかんだように笑う。幽霊になった上、魔法使いで、更には私を何度もドキリとさせる表情を作って。それに大学生にもなって自分は魔法使いと言う幽霊に出会えるとは思ってもみなかった。こうして会えるのなら三十分だけでも充分だ。
「それは嬉しい、な」
 ははは、みっちゃんは声を出して笑うと、やっぱりハナちゃんは変わったよ、と私を見ながらニヤニヤした。
「今日はこれくらい。ハナちゃん、目を閉じて、ベッドに横になって? 良い夢見せてあげる」
「三十分経ってないよ?」
「私は三十分前からここに居たの。だから目を閉じて?」
 私は言われるとおりベッドに横になって布団を被り、目を瞑る。ドキドキが収まらない。みっちゃんの声が頭の中で反響する。みっちゃんの声。
「じゃぁまた今度ね」
 久しぶりのみっちゃんの声。記憶にあったものと少し違う。時間が経つにつれて記憶は変わっていくんだ。少しずつ意識が遠のいていく。私はその状態で、みっちゃんと呟く。みっちゃんは小さくハナちゃん、と声をかけてくれたのがわかった。


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あきゅろす。
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