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C
 「ねえ、今どこにいるの?」
 唇を震わせながら私は訊いた。
 康介が息を呑む。
 それと同時に、マンションの八階の一番端の部屋の窓、康介と二人で選んだカーテンがかすかに揺れた気がした。
 「……」
 私は祈るような気持ちでその窓を見上げた。
 ねえ、康介。そこにいるの?
 冗談だよ、って言って。ちょっと私をからかっただけだって。お願いだからそう言って。

 それなのに、
 「ごめん」
 康介の口から出たのは、そんなつまらない台詞。
 「ごめん、咲希。……俺、もう咲希とは付き合えない」
 「――!!」
 それ以上聞きたくなくて、私は乱暴に携帯電話を閉じると、全速力で駆け出した。

 家に着くと、私は急いで鍵を探した。
 がくがく震える手で鍵穴に鍵を差し込もうとするがうまくいかない。何度か失敗して、やっとのことでドアノブをまわす。
 ドアを開けるのもまだるっこしくなって、狭い透き間から慌てて身を滑り込ませる。
 そうしないと何か怖いものが追いかけてきそうでたまらなかった。
 ずっと走り続けたせいだろう。呼吸が苦しい。
 ハアハアと肩で息をしながら、玄関のドアを後ろ手に閉める。パンプスのストラップに手をかけ、ぼんやりした頭で「ああ、そうだ。鍵をかけなきゃ無用心だな」と考える。
 こんな時でもそんなことを忘れない冷静さに、自分で自分が悲しくなる。笑いたいような泣き出したいような変な感じだ。
 カチャリ。
 その乾いた音を聞いた途端、私は耐え切れなくなって膝から崩れ落ちた。

 いったい何がいけなかったのだろう。
 私の何がいけなかったのだろう。
 康介と千佳子を会わせた事がいけなかったのだろうか。
 「…っ、ふっ……」
 私は両手で顔を覆った。
 冷たいタイルの感触と同じくらい康介からもらった指輪が冷たく感じられて、その両方がひどく悲しかった。
 この指輪をくれた時の康介の優しい笑顔、そしてあの時の満ち足りた幸福感が、今は無性に恨めしかった。

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