その他の短編小説
B
やがて秋は過ぎ去り、冬が訪れた。
雪の精霊は嬉々として空の端っこに手をかけると、地上を――あの公園のベンチを見下ろした。
(あっ――)
雪の精霊の目に映ったのは、懐かしくも恋しい青年の姿。そして、その隣に寄り添う愛らしい少女の姿。
二人は公園のベンチに腰掛け、顔を寄せ合いながら、楽しそうにおしゃべりをしていた。青年の澄んだ瞳はまっすぐ少女を見つめ、その視線が空に向けられることはなかった。青年の手には一冊の本もなく、少女の小さな手をずっと握っていた。
雪の精霊は黙って二人を見つめていた。
自分でも意外なことに、それほど悲しみは深くなかった。ただこれが現実なのだとまざまざと思い知らされた。
(どうせ私は彼のそばには行けない。彼に触れることも、彼とおしゃべりすることも出来ない)
(だからこれで良かったのよ……)
雪の精霊がついたため息は、木枯らしとなって地上に吹きつけた。
その年、冬の神はいつもより早めに季節を明け渡し、娘たちを引き連れて早々に遠い空の彼方へと去って行ってしまった。
それから、さらに一年後。
また今年も冬がやって来た。
雪の精霊はすっかり定位置になった空の端っこに座ると、何気なく地上を見下ろした。そのまま、つい癖で、あの公園のベンチへ視線を向けてしまう。
すると、
(あら?)
そこには青年の姿があった。
しかし横にあの少女はおらず、青年は元気のない表情でぼんやりとベンチに座っていた。
(どうしたのかしら?)
雪の精霊は不審そうに首を傾げた。
青年は暗い顔で空を見上げると、やがてぽつりぽつりと言葉を吐いた。
「一年前は僕の隣に彼女が居てくれた。だから、冬はちっとも寒くなんかなかった。けれどもう彼女は居ない。僕はひとりぼっちだ。そして、冬はこんなにも寒くて悲しい季節になってしまった」
青年の独白を聞いた途端、雪の精霊の胸がキリリと痛んだ。
青年は恋を失ったのだ。ちょうど一年前の雪の精霊と同じように。
だが、あの時に感じた痛みに比べて、いま雪の精霊の胸を貫いた痛みのなんと大きいことだろう。青年の悲しげな声を耳にした時の心の疼きは、一年前の比なんかじゃない。
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