その他の短編小説 C (ああ……) 雪の精霊は顔を歪めて地上を見下ろした。 (あなたのそんな悲しい顔なんか見たくないわ。あなたのそんな暗い瞳なんか見たくないわ。自分の心が傷つくことより、あなたの心が傷つくのを見ているほうが何てつらいのかしら) 出来ることなら、今すぐ地上に降りて行って青年を抱き締めたい。 この手で青年の頬を撫で、慰めることが出来たならどんなにいいか。 でも、そんなことをすればどうなるのかはよく分かっている。それは決して叶わない望みだと分かっている。 それでも、何とかしてこの想いを伝えたい。「あたなはひとりぼっちじゃない」と彼に伝えたい。 雪の精霊は必死に青年に視線を送り続けた。 気づいて。気づいて。 お願い。私に気づいて。 あなたはひとりじゃないわ。 私はここに居るの。ずっとあなたを見つめているの。 私はあなたのことが好きなの――― 「あ……」 ふわりと目の前に現れたものに、青年は思わず顔を上げた。 「雪?」 気の早い粉雪が静かに空から落ちてきた。 それは白い花のように、ふわふわと優しく青年の肩や髪に舞い降りてくる。 青年はただじっとそれを見つめていた。 「不思議だな」 次々に落ちてくる雪を見上げながら、青年はぽつりとつぶやく。 「なんだかこの雪はあたたかく感じる。まるで誰かが僕を慰めてくれているみたいだ」 そう言いつつ、青年は手を伸ばして、舞い降りる雪のひとひらをそっとすくい上げた。 雪は青年の手のひらの上で音もなく溶け、やがて消えて行った。 だが青年は気づいていた。 自分の手の中で溶けた雪――その後に残った雫が、小さなハートの形をしていたことに。 《おわり》 [前へ][次へ] [戻る] |