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A
優しいグレタ。
ごめんなさい。本当のことを言うと、私にはもう分かっているの。
私は一緒に行くことは出来ない。海を渡ることは出来ない。
だって私には、海を渡るより大事なことが出来てしまった。あなたや仲間より大切な人が出来てしまった。
私は、自分の命より大切な存在を見つけてしまったの。
優しいグレタ。大好きよ。
せめてあなたは元気に海を渡って欲しい。
私がそう言うと、グレタはしばらく無言のまま私を見つめていた。
けれど、やがてさっきより冷たい風が吹き始めると、
「さよなら、マチルダ」
悲しそうに叫んで、グレタが空へ羽ばたいて行く。
泣きながら遠ざかっていく親友の姿を見つめながら、私の瞳からも涙がこぼれた。
さよなら、グレタ。来年またみんなと一緒にここへ戻って来てね。
私はグレタを見送ると、ほっとため息をついた。
そんな私の隣を、冷たい北風が走り抜けて行く。
ああ、間もなくこの町にも本物の冬がやって来るのね。
そしたら私はもう動けなくなる。だからその前にあの人のお願いをすべて聞いてあげなくては。
私はいつものように町の広場の真ん中に降りていく。
そこにいるのは『幸福な王子』と名づけられた一人の少年。
「小さなつばめさん、私の代わりに、この宝石を広場の角にある家へ届けてくれるかい?」
動けない銅像の体を持った王子様が私に言う。
こうしていったい幾度ほど王子様にお使いを申し付けられたことだろう。最初は刀にはめられたルビー。次は両目のサファイアを片方ずつ順番に。
「小さなつばめさん、私の代わりに、この宝石をマッチ売りの女の子に届けてくれるかい?」
毎日のように、王子様は私にそんなことを言う。
王子様の体中を飾っていた煌びやかな宝石は、もう残りあと少ししかない。
「分かりましたとも、王子様」
私は王子様の体から宝石を取り出すと、大切にくちばしに挟み込み、まっすぐに空へ舞い上がった。
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