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万華鏡
E
 
 「……迷ってるんだ」
 少しの後、男の子の口から出たのはそんな言葉だった。
 だが、それきりまた口をつぐみ、それ以上の説明をしようとしない。
 彼は塀に寄りかかってぼんやりと空を見上げた。
 無理に話を聞き出そうとは思わない。男の子が自然に打ち解けてくれるのを待つつもりだった。
 そんな彼の横顔をちらちらと伺いながら、男の子は思い切って彼に話しかけた。
 「ねえ、おじさん」
 「何だい?」
 『おじさん』と呼ばれたことに少しばかり抵抗を感じつつ、それでも彼はにこやかに答えた。まだ十歳にならない男の子から見れば、二十代も半ばを過ぎた彼は立派な『おじさん』であるのだろう。それはいたしかたないことだ。
 「おじさんさ、人間って何のために生まれてくると思う?」
 「……」
 突然の、そして何とも哲学的な問いに、彼は半ば呆気にとられた。
 このような小さな男の子がする質問ではないなと思いながら、しかしすぐにその考えを改める。
 思えば、彼自身も、幼い頃には様々な事に疑問を持ったりしたではないか。大人にとってはごく当たり前の出来事も、子供の頃の彼にはとても不思議に感じられた。
 もっとも、大人になった今でも、その頃と大した変わりはないが。

 「人間は何のために生まれてくる、か。難しいね」
 腕を組み真剣に考え始めた彼の顔を、男の子はじっと見つめる。
 「じゃあさ、人間って何のために生きているんだと思う?」
 少しばかり趣向を変えて、もう一度男の子が訊いてきた。
 「そうだな……」
 彼は静かに口を開いた。
 相手が子供だからといっておざなりな答えで済ますつもりは毛頭ない。伝わる伝わらないは別として、彼は自分の考えをそのまま男の子に言おうと思った。
 「これはあくまでも僕の個人的な考えなんだけど」
 「うん」
 男の子は真顔で彼の話に聞き入る。
 「自分が知りたいと思う事を知るためなんじゃないのかな」
 「知りたい事を知るため?」
 彼の返答に、男の子はかすかに首を傾げた。

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