万華鏡 D 「何だか、僕もすっかりこういう方面に詳しくなった気がするなぁ」 暢気にそんなことを言う。 いっそのこと次の連載小説は物の怪たちの話にでもしようかと、彼が本気で考えていると、前方がほのかに明るくなった。 (おや?) 暗くなるまでにはまだ間があるというのに、ずいぶん気が早い者がいたものだ。 そう思いつつ、少し先で灯った明かりに目を向けると、小さな男の子が提灯を手に佇んでいるのが見えた。 (山村さんの家の子だろうか?) 男の子が立っているのは山村家の塀の傍。その向こうにはもう他に家はない。 「こんにちは」 彼が声をかけると、男の子はびっくりしたように顔を上げた。親しげに笑いかける彼を何と思ったのか、頭の先から足の先まで、しげしげと彼を観察し始める。 「こんにちは」 もう一度彼は言った。 男の子は相変わらず返事をしない。 「お家の人はいますか?」 彼が屈託ない様子で尋ねると、男の子は無言のまま頷いた。やはり山村家の子供であるらしい。 彼は男の子に近付き、梨の入った袋を差し出した。 「これ、花枝さんへのお土産です」 「……」 男の子が受け取ろうとしないので、彼はもう一度袋を抱え直した。 「赤ちゃんはもう産まれたかな?」 「……まだ」 蚊の鳴くような小さい声でやっとそれだけ返ってきた。 よほど内気な子なのだろうと思いながら、彼は男の子の傍に座り込んだ。ちょうど目線が同じ高さになる。 一瞬、男の子の体が警戒するように強張った。 それを見て、彼は苦笑すると、片手を差し出して男の子の頭を撫でた。 「何か悪さでもして、家の人に怒られたのかい?それで家に入りづらいの?」 「……違う」 また小さな声で答える。 「じゃあ、一緒に中に入ろうよ」 その提案に、男の子は頑なに首を振った。 「どうして?」 彼が訊くと、男の子は口を一文字に引き結んだ。どうやら理由を話したくないらしい。 仕方ないので彼も黙り込む。 男の子と二人、黙ったまま塀の前に座っていた。 [前へ][次へ] [戻る] |