万華鏡
C
「おや、まあ。先生は優しいお人ですねぇ」
「いえ、そんなことは……」
慌てて首を振るのだが、
「うちの亭主に、ちょいと先生の爪の垢でも煎じて飲ませてやりたいですよ。可愛い女房を少しも労わってくれやしないんだから」
奥に亭主がいるのだろうか、ひときわ大きな声を張り上げる。
彼が返答に困っていると、女将は笑いながら紙袋に梨を詰め始めた。
「そう言えば、花枝さんの赤ちゃん、まだ産まれないんですって?」
忙しなく手を動かしながら、女将は口のほうも達者に動かす。
「ええ、そのようですね」
「とっくに産まれたっていい頃なのに、いったいどうしちまったんでしょうねぇ」
心配そうに肩を竦める女将に、彼は思案顔で言う。
「きっと暑さが苦手なんですよ」
「ええ?」
「暑いと外に出たくなくなるでしょう。皆同じことです。涼しくなったから、そろそろ出てくる気になったんじゃないかな?」
「誰がです?」
そう問われて、
「お腹の子ですよ」
真面目に答えた彼に、
「嫌ですよ、先生。冗談ばっかり」
女将はさも可笑しそうに声を立てて笑った。
土産を手に、商店街から程近いところにある山村家へと向かう。
いきなり訪ねて行ったら迷惑だろうかなどと気にしながらも、せっかくの梨を新鮮なうちに届けたいと思い直し、彼は歩を速めた。
もうすぐ夕暮れだ。
手早く山村家に梨を届けて、暗くなる前に白妙の棲み処まで辿り着きたい。ここら辺りの化け狐は、頭領である清吉の手前、彼を化かすような真似はしないだろうが、この近隣にはほかにもたくさんの妖(あやかし)や物の怪が棲むと聞く。
とりあえず白妙の所へ行きさえすれば、後は夜道になっても心配はあるまい。何と言っても白妙は齢千年近い猫又であるから、そんじょそこらの物の怪では、迂闊に近寄ることさえ出来やしないのだった。
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