万華鏡
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■紫 陽 花■
今にも雨が降り出しそうな灰色の空の下、その花はひっそりと静かに鮮やかな色彩を空間に刻んでいる。
その花の色を、その花の姿を見た瞬間、僕の脳裏に浮かび上がる面影があった。
小学校のときの担任の先生。確か『池脇(いけわき)』といった。下の名前は覚えていない。
長い髪をいつも後ろできりりと一つに結び、白いブラウスとすっと伸びた背筋が印象的な女の先生だった。
きびきびした動作とはきはきとした口調で、教頭先生や時には校長先生にさえ堂々と意見しているのを見かけたことがある。生徒の親に媚びるようなこともしない。ちょっと珍しいタイプの先生だった。
けっこう熱血な彼女のことを、同級生たちは影で「女金八」なんて揶揄していたものだ。
そんな彼女と、梅雨の花の代表である紫陽花が重なるというのはどうしてだろう。
どちらかと言うと、池脇先生にふさわしいのは向日葵の花だ。いつも真っすぐに顔を上げて、燦々と太陽を浴びている花。
こんな紫陽花のようなしおらしいイメージなど、あの先生にあっただろうか……。
いや、ある。
たった一度だけ、先生のいつも姿勢が良いはずの背中が丸まり、所在なさそうに校舎の壁にもたれていたのを見かけたことがあったのだ。
あの時の池脇先生の様子は、まるで雨の中にしっとり佇む紫陽花のようだった。
「先生……」
声をかけようとして、僕はその言葉をはっと飲み込んだ。
背を丸め俯き、校舎の白い壁に体重をあずけながら、その時、池脇先生は確かに泣いていたのだ。必死に声を殺しながら、それでも我慢することが出来ずに嗚咽していた。
それがあまりにも普段の先生からは想像できない事だったので、僕は驚いてただ呆然とその場に立ち尽くしていた。
何か悲しいことでもあったんだろうか。
それとも、誰かに苛められたんだろうか。
小学生の子供に、大人が抱える事情など想像がつかない。
僕は慰めの言葉一つ見つけることが出来ずに、ただ黙って先生が泣くのを見ていた。
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