[携帯モード] [URL送信]

万華鏡
F
 次の瞬間、猫のましろが朔仁の腕から飛び降りると、妙姫のもとへ駆け寄った。
 その勢いに煽られて、御簾がさっと舞い上がる。
 「――」
 妙姫は朔仁の顔を見た。朔仁も妙姫の顔を見た。
 二人は同時に息を呑んだ。
 そして、二人は完全に恋に落ちたのだった。

 それから朔仁は、しばしば妙姫のもとを訪れるようになった。
 朔仁のはからいで、荒れ果てた屋敷もすっかり綺麗に修復され、庭には四季折々の花や木が植えられた。枯れかけていた池にも清らかな水が張られ、青々とした睡蓮の葉の下では幾匹もの魚が泳いでいた。
 六の宮が生きていた頃と同じように、ひょっとしたらそれ以上に、屋敷も妙姫も活気を取り戻していた。
 妙姫は幸せだった。
 夏が過ぎて、秋が過ぎて、冬が来て。しんしんと雪が降る寒い夜も、朔仁はそんなことものともせず通って来てくれた。
 春になると、都の桜を妙姫に一目見せたいと、見事な枝を携えて来たりもした。都とは違う趣のある山桜を見に行ったこともあった。
 二度目の夏には、屋敷の庭を飛び交う蛍を、二人で仲良く並んで眺めた。
 そんな二人の姿を、浅黄も猫のましろも満足そうに見守っていた。
 何もかもが幸せだった。
 そんなことを繰り返し繰り返し、日々は穏やかに過ぎて行った。

 けれど何度も逢瀬を重ね、朔仁との恋が深くなるにつれ、妙姫は言い知れぬ不安も感じるようになっていた。
 (いつかこの幸せも消えてしまうのではないか)
 これまで妙姫は何度も大切な人を失ってきた。
 ひょっとしたら朔仁も、自分のもとを去って行ってしまうのではないか。そんな思いが脳裏を過ぎり、妙姫の心を重く沈ませた。
 朔仁もそんな妙姫の不安を感じ取っているのか、何度となく妙姫に言い聞かせた。
 「正式な妻として、あなたを、都の私の屋敷に迎えたい」
 「本気でおっしゃっているの?」
 「勿論」
 朔仁はきっぱりと頷いた。
 「いつか必ず迎えに来ます。私を信じて待っていておくれ」
 まっすぐに妙姫を見つめる顔は真剣そのもので、朔仁の言葉にも瞳にも嘘はないように思えた。
 「待っているわ、あなた。きっと…きっと迎えに来てください」
 「ああ、約束する」
 だから信じた。
 約束通り、いつか朔仁が迎えに来てくれる日を。朔仁と共に歩く未来を。
 妙姫は心から信じ、そして待ち続けた。


[前へ][次へ]
[戻る]


第3回BLove小説漫画コンテスト開催中
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!