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万華鏡
E
 「でも、何故です?」
 「はい?」
 「いくら従姉弟同士とはいえ、何故、私などを訪ねようとお思いになったのですか?」
 「それは……」
 それまではきはきと答えていた朔仁の声が急に小さくなった。
 不思議に思っていると、朔仁は御簾越しにまっすぐに妙姫を見つめてきた。
 「妙姫様に是非ともお会いしたかったからです」
 「私に?」
 妙姫は訳が分からずに首を傾げる。
 それを知ってか知らずか、朔仁は姿の見えない妙姫に向かって、熱のこもった声で言った。
 「都であなたの評判を聞いた時、私はまだ元服すらしていない子供でした。ですから、どんなにあなたに会いたくても諦めるしかなかったのです」
 「……」
 「きっとあなたは、誰かのものになってしまったに違いない。そう思っていました。でも、そうじゃないことを菊乃から聞いて……」
 俯いた朔仁の頬が赤く染まっているのを、御簾の中にいる妙姫が見ることは出来ない。ただ、その声色から、朔仁が嘘偽りのない真実を言っているのだと知ることは出来た。
 「ずいぶん以前に、思い余って、あなたに文を届けようとしたこともあったのです。けれど六の宮のお怒りを買うのが怖くて、結局お届け出来ませんでした」
 朔仁はぽつぽつと独白を続ける。
 「六の宮がお亡くなりになって、あなたがお一人で心細い思いをなさっているのではないかと思うと、居ても立っても居られなくなってしまったのです」
 「それで、こんな所まで、わざわざ来てくださったと言うのですか?」
 言いながら、妙姫の目から涙が溢れた。
 「誰も訪ねて来てくれることのない、こんな荒れ果てた山奥まで、あなたは私に会いに来てくださったと言うのですか?」
 涙は後から後からこぼれ落ちて、妙姫の衣の袖を濡らして行った。
 自分でも分からない感情が、妙姫の心を締め付ける。
 「妙姫様、大丈夫ですか?」
 急に泣き出してしまった妙姫に、朔仁が心配そうに声をかける。
 「何かお気に障るようなことを言ってしまったのでしょうか?」
 間の抜けた、けれど優しくて実直な朔仁の言葉に、妙姫は耐え切れずに吹き出しそうになる。
 「違うのです。ただ、嬉しくて」
 「嬉しい?」
 「あなたがここに来てくださったことが、本当にすごく嬉しいのです」
 「……」
 泣き笑いしながらそう言う妙姫に、朔仁は今度こそ耳まで赤くなった。

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あきゅろす。
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