万華鏡
B
「おお、ごめん、ごめん。そうだった。ましろ、お前も私と同じ、ずっと姫様のお傍にいるのだったね」
浅黄はにこりと笑うと、手を伸ばしてましろの小さな頭を撫でた。ましろも嬉しそうに浅黄の手に額を摺り寄せる。
その様子を見つめながら、妙姫はそっとため息を吐き出した。
浅黄の気持ちは嬉しい。猫のましろにも感謝している。
けれども、この胸に詰まった石のような重苦しさは取れない。
(いったいどうしてこんな境遇になってしまったのか)
かすかに聞こえてくる鵺の声に耳を傾けながら、妙姫は遠い昔に思いを馳せていた。
妙姫の父は、先々代の帝の六の宮であった。
父帝が亡き後、激しくなる政争に巻き込まれるのを嫌い、都から遠く離れたこの場所に妻子とともに移り住んだのだが、ここに来て間もなく一の姫君を病で亡くしていた。
我が子を失った六の宮と妻の嘆きは深く、残された妹の妙姫に、より一層の愛情を注ぐようになった。そうすることで、二人は全ての悲しみから逃れようとしたのかもしれない。
父宮と母君に大切に育てられ、妙姫は美しく素直に成長していった。
だが、妙姫が十歳の時、今度は母君があっけなくこの世を去ってしまった。
娘だけでなく妻にも先立たれた六の宮は、ますます妙姫を寵愛した。
そのためか、妙姫が大人になって、その美しさが評判になり、都からたくさんの求婚者がやって来ても、誰にも妙姫を娶らせようとはしなかった。
「世俗に汚れた者たちに、大切な姫を任せるわけにはいかぬ」
どんなに高貴な公達からの恋文も、六の宮は、妙姫の目に触れさせることすらせず、女房(侍女)たちに命じてさっさと燃やしてしまった。
そんなことが数年続いただろうか。
人の心は移ろいやすく、また世間は飽きやすい。
かつては「野の花のように清らかで美しい姫君」と称えられた妙姫の存在も、人々の記憶から薄れてしまうのにそう時間はかからなかった。
ましてここは都から遠い山の中。好き好んで訪れる都人などあるはずもない。
数多いた求婚者はすっかりいなくなり、六の宮と妙姫は誰にも邪魔されることなく静かな日々を送っていた。
もともと人気のない鄙びた土地であったためか、屋敷を訪ねて来る者もなく、すっかり寂れた風情になってしまった。野鳥や獣の他に聞こえてくる声もない。
昔馴染みの女房が数人ほどいるものの、遊び相手もいない年若い妙姫にとって、どれほど退屈で心細いことであったろう。
日に日に物憂げな表情を見せるようになる娘を元気付けようと、六の宮は知り合いから一匹の仔猫を貰い受けることにした。
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