万華鏡
C
「この猫は、先帝の御世に、唐(から)の国から献上された猫の血を引く由緒正しい猫なのだ。賢そうな猫だから、きっと姫を慰めてくれるに違いない」
六の宮の言葉の通り、猫はとても賢く、まるで妙姫を守るように、姫の傍を片時も離れなかった。妙姫もすっかりその猫を気に入った。
「雪のように真っ白な毛並みだから『ましろ』と名づけましょう」
その日以来、猫のましろは、妙姫にとって唯一の友となった。
(思えば、あの頃が一番幸せだったのかもしれない)
出会った頃と変わらない、ましろの純白の美しい毛並みを眺めながら、妙姫は苦しいほどの懐かしさと遣る瀬無さを覚えた。
何も知らず、何も考えず、ただ父宮の愛に包まれていたあの頃。
しかし、そんな穏やかな日々も永遠には続かなかった。
妙姫が二十歳を迎える頃、とうとう六の宮さえも、妙姫を残し、この世を去ってしまったのである。
六の宮という大きな支えをなくして、妙姫も女房たちも途方に暮れた。
それでも、しばらくは六の宮が残してくれた財産で不自由なく暮らしていたのだが、それもほんの僅かな間に過ぎなかった。
宮家とはいえ、先立つものがなければ生活は成り立たない。貧しい生活に耐えかね、一人また一人と古参の女房たちも辞めていった。
後に残ったのは、妙姫の乳母(めのと)であった浅黄と、猫のましろだけである。
しかし妙姫は挫けなかった。
「少しだけれど、お父様が残してくれたものが残っているわ。贅沢さえしなければ、三人で暮らしていけるはずよ」
そんな暮らしにもすっかり慣れたある夏の日。
思いがけない来訪者が、古ぼけた屋敷を訪ねて来た。
「もし、どなたかおられませんか?」
背丈ほども伸びた雑草の間から、薄紫色の狩衣を来た若い公達が現れた。
突然のことに、妙姫も浅黄もすっかり気が動転してしまい、咄嗟には返事をすることが出来なかった。
しんと静まり返った様子に、公達はそろそろと辺りを見回すと、もう一度屋敷へ向かって声をかけた。
「どなたもおられませんか?」
やはり妙姫も浅黄も押し黙ったままである。
誰もいないと思った公達は、がっくりと肩を落としてその場を立ち去ろうとした。
その時――、
「ニァア……」
猫のましろが小さな鳴き声を上げ、御簾の間からするりと庭に躍り出た。
公達は慌てて振り返ると、驚いてましろを抱き上げた。
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