万華鏡
A
暑い夏の夜だった。
どこかで鵺が鳴いていた。
ぴぃーという甲高い声が、黒く深い夜の闇を渡って行く。
「あの鳥も、誰か恋しくて鳴いているのかしら?それとも、ひとりで寂しくて鳴いているのかしら?…ねえ、ましろ」
鵺の鳴き声にじっと耳を傾けながら、膝の上で丸まっている猫の体を撫でてやる。すると、猫はまるでその問いかけに答えるように、愛想良く喉を鳴らし始めた。
『ましろ』と言う名前に相応しい、全身が真っ白な美しい猫である。
「薄気味の悪い声ですこと」
碁盤を挟んで差し向かいにいる女が、不安そうに辺りをきょろきょろと見回した。
さやさやと夜風の渡る音だけが、荒れ果てた庭を通り過ぎる。
「最近はすっかり人の気配もなくなって、一段と寂しくなってきましたね」
そう言いながら、白髪の増えた頭をそっと押さえる。不安になると無意識に出る彼女の癖だ。
「仕方ないわ。ここは都からずいぶん離れているのだから」
「そうですけど……」
――それでも昔は訪れる人があった。
言いかけた言葉を、女はそっと飲み込む。
「怖いの、浅黄(あさぎ)?」
何とはなしに尋ねてみる。
「あなたもここを出て行きたい?」
浅黄と呼ばれた女は、慌てて顔を上げる。
「いいえ、とんでもございません」
「無理しなくていいのよ。お父様が亡くなって、あの方が来なくなって、みんながここを去って行った。あなただって、いつまでもここにいる義務はないのだから。好きにして構わないのよ」
一見冷たいとも取れる言葉だが、その奥に隠された優しさを知っている浅黄は、きっぱりと首を振った。
「何をおっしゃいます、妙姫(たえひめ)様。浅黄は、姫様が生まれた時からお仕えしているのですよ」
「そうだけど……」
「亡き父宮様にも『くれぐれも姫を頼む』と言われているのです。他の誰が出て行こうと、たとえ姫様に出て行けと言われようとも、私は決して姫様のお傍を離れません」
目尻を赤くしながら言う。
すると、そんな浅黄の言葉に同意するように、猫のましろが「ニャアン」と一声鳴いた。
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