オリーブの木の下で H 水沢先生は、にゃ太郎の入っているキャットキャリーを後部座席に乗せると、空と二人で私たちをお見送りしてくれた。 「じゃあね、ココちゃん」 そう言って手を振るのだが、そんな水沢先生の様子も、どことなくいつもと違う感じがする。 私は不審に思いながら、それでも気がつかないふりをした。 「ばいばい、先生。またね、空」 車が走り出してしばらくすると、キャットキャリーの中でにゃ太郎が目を覚ました。寝ぼけているのか、ぼーっとした顔で周囲を見回している。 「ここ、どこだ?」 「莉子の運転する車の中。これからお家に帰るんだよ」 私が言うと、にゃ太郎ははっとしたように顔を上げた。 「お家?」 「うん。莉子と私のお家」 「俺も一緒に行っていいのか?」 にゃ太郎はそんなことを訊いてくる。 私は一瞬ポカンとして、次にはたまらなくなって吹き出した。 「やだ。そんなの当たり前じゃない」 「でも、俺、お前ん家の猫じゃないのに……」 「え?」 にゃ太郎の言葉に、私は笑うのをやめる。それから、恐る恐るにゃ太郎に尋ねた。 「にゃ太郎、一緒にお家に帰るのが嫌なの?」 「そうじゃないけど……」 「もしかして、自分のお家に帰りたいの?」 私がそう訊いた途端、にゃ太郎の顔が明らかに強ばった。 それとほぼ同時に、にゃ太郎の両目に大粒の涙が溢れ出した。 「ど、どうしたの、にゃ太郎?どこか痛いの?」 私がおろおろすると、にゃ太郎は激しく首を振った。 「違うんだ。そうじゃないよ、ココ」 「じゃあ、やっぱり私たちと一緒に帰るのが嫌なの?」 「違う!そうじゃなくて――。俺、嬉しいんだよ」 そう言って、にゃ太郎はますます泣いた。 「俺さ、ずっとずっと、誰かにそんな風に言って欲しかったんだ。『一緒にお家に帰ろう』って、迎えに来て欲しかったんだ」 「にゃ太郎……」 私は言葉もなくにゃ太郎を見つめた。 [前へ][次へ] [戻る] |