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オリーブの木の下で
I
 にゃ太郎はぼろぼろと涙をこぼしながら、少しずつ自分の身の上を話し始めた。
 「俺、飼い猫だったって言ったろ?」
 「うん」
 「もうずいぶん前のことだけど、俺は、ある若い夫婦に飼われていた猫だったんだ」
 にゃ太郎は、まるでその当時のことを思い出すように目を細めた。
 「その夫婦には子供がいなくてさ、奥さんは俺を実の子供のように可愛がってくれた。『にゃ太は私の息子だよ』って、それが奥さんの口癖だった」
 「にゃ太郎、愛されてたんだね」
 私が言うと、にゃ太郎はこっくりと頷いた。
 「うん。俺も奥さんが大好きだった、母親のように慕ってた。だから、奥さんのことを『お母さん』って呼んでたんだ」
 にゃ太郎は幸せそうにほほ笑んだ。

 「俺、すごく幸せだった。お母さんに可愛がられて、お父さんも優しくしてくれて。そんなある日、お母さんに待望の赤ちゃんが生まれたんだ」
 「にゃ太郎の兄弟だね」
 私の言葉に、にゃ太郎は照れたように笑う。
 「うん。歩美(あゆみ)っていう女の子で、俺より図体はでかいんだけど、すごい甘えん坊でさ。俺は、歩美のことが可愛くて仕方なかった」
 「うんうん」
 「でも、あるときお母さんが深刻な顔をしてお父さんと話していた。俺には人間の言葉が分からないから、二人が何を話していたのかは知らないけれど、次の日、俺は動物病院に連れて行かれた。そして、麻酔を打たれて、次に目が覚めたときには両手の爪が全部なくなってた」
 「――」

 その瞬間、きっと私はすごく悲しい顔をしてしまったんだと思う。
 にゃ太郎は、私の顔を見て困ったように笑うと、「泣くなよ」と一言つぶやいた。それから気を取り直したように話を続けた。
 「爪はなくなっちゃったけど、すぐにお父さんが迎えに来てくれて、俺はまたお母さんの所へ帰った。お母さんもお父さんも、爪がなくなった俺に前よりもっと優しくしてくれたから、俺はそれがとても嬉しかったんだ。歩美もさ、まだ言葉もろくに話せないくせに、いっちょ前に俺のこと『にゃーたー』って呼ぶんだよ。俺、歩美のことが可愛くて可愛くて、いつも歩美のそばから離れなかった」
 「……うん」
 「あれは、いつのことだったかな……」
 そう言って、にゃ太郎はますます目を細めた。
 にゃ太郎の黄色い瞳は、どこかものすごく遠いところを見ているようだった。
 「歩美がひどくぐずったときがあって、俺、一生懸命に歩美をあやしてたんだ。歩美の顔をぺろぺろ舐めたり、前足で撫でてやったりしてさ」


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