オリーブの木の下で
E
にゃ太郎の怪我の手当てをするために、莉子はまずにゃ太郎の汚れきった毛皮を綺麗にすることから始めたのだけれど、いくらもしないうちにとんでもない大騒ぎになった。
「大変!にゃ太郎君の手、爪が一本もない!」
莉子が真っ青になって叫び声を上げた。
たしかに、にゃ太郎の前足には一本も爪がなかった。妙につるんとした丸い両手には、まったく爪が生えていなかったのだ。
「何だろう?病気かしら?怪我かしら?と、とにかく病院に連れて行かなくっちゃ!」
莉子はパニックを起こしかけながら、急いでにゃ太郎をキャットキャリーに入れた。そして、私にはお散歩用のリードをつけると、私とにゃ太郎を車に乗せて、急いで動物病院へと向かったのだった。
「ああ、これはきっと動物病院で処置したものですよ」
診察台の上に大人しく座っているにゃ太郎の手を触りながら、水沢(みずさわ)先生はのんびりとそう言った。
「最近はけっこういるんですよ。壁や家具を傷つけないためとか、赤ちゃんや子供をひっ掻かないためとか。そういう理由で、猫の爪を抜いてしまうんです」
「ええっ?」
先生の説明に、莉子は両手で口を覆った。
「痛くないんですか?」
「そりゃ多少はね。けれど、ちゃんと処置しますから大丈夫ですよ」
にこりと笑う水沢先生を、莉子はどこか胡散臭そうに見つめる。
「でも、猫の爪を抜いてしまうなんて。そんなの、ずいぶん人間の勝手じゃありませんか?」
莉子の言葉に、水沢先生は困ったように首を傾げる。
「それを言われちゃうと辛いんですけどね。でも、そう言ったら、避妊手術や去勢手術、それに病気や怪我から猫を守るために外に出さないというのも、結局は全部が人間の勝手になってしまいますからね」
「……」
先生の言葉に、莉子は口をつぐむ。
実は、私自身が、事故に遭ったり病気になったりしないようにという理由で、完全なインドア生活をしている猫だったりするからだ。
「今は、猫エイズや、ほかにも色々な伝染性の病気がありますからね。それに、猫の死亡原因の多くを交通事故が占めるんですよ。健康で長生きさせたいならば、医者としては、家の中だけで飼育することをおすすめします。生まれたときから外に出さない生活をしていれば、猫もそういうものだと思って、家の中に自分のテリトリーを定めますからね」
そんなふうに水沢先生にアドバイスされて、私も莉子も十分納得した上での選択だったのだけれど。
[前へ][次へ]
[戻る]
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!