オリーブの木の下で
D
「長い間放浪してるって、あんた、野良猫なの?」
私がそう訊くと、茶トラの表情から一瞬にして笑顔が消えてしまった。そのままひどく哀しそうに俯くと、まるで絞り出すような声で言う。
「違う。俺は、野良猫なんかじゃない。俺はれっきとした飼い猫なんだ」
「じゃあ、どうして放浪なんかしてるの?もしかして、迷子になっちゃったの?」
「……」
私の質問に茶トラは答えない。ただ、哀しそうな顔でじっと私を見つめていた。
すると、莉子がそっと手を差し出して、茶トラの背中を優しく撫でた。
「お腹は一杯になった?」
茶トラは驚いたように目を見開いて、自分を撫で続ける莉子をしげしげと見つめている。莉子は、そんな茶トラに向かって、柔らかな笑顔を向けた。
「よかったら、傷の手当をさせてもらえるかな?」
「……」
茶トラはじっと莉子の顔を見つめたまま動かない。
莉子が両手で茶トラを抱き上げようとすると、ビクッと体を震わせて後ずさった。
「あ、ごめんね。びっくりさせちゃったかな?」
莉子が申し訳なさそうに言うと、茶トラはゆるゆると首を振った。
「違うんだ。俺…、俺………」
莉子を見つめる茶トラの目に、いつの間にかうっすらと涙が浮かんでいた。
すっかり二人の通訳係に徹していた私は、それを見て、すごくびっくりしてしまった。
けれど、莉子はちっとも驚いた様子はなく、茶トラに向かってもう一度優しく手を差し伸べた。
「君、お名前は?」
「……にゃ太郎」
茶トラがぽつりとつぶやく。莉子はにっこりとほほ笑んだ。
「じゃ、にゃ太郎君。外は寒いから、家の中にどうぞ」
そう言って莉子がにゃ太郎を抱き上げると、にゃ太郎も今度は抵抗することなく、莉子の両腕の中にすっぽりと納まった。そして、なんだかとっても不器用な感じでグルグルと喉を鳴らし始めた。
そんなにゃ太郎を見て、莉子はますます優しげな微笑を浮かべる。
「いい子だね、にゃ太郎君」
莉子の言葉に、にゃ太郎はさらに喉を鳴らすと、莉子の胸にすりすりと額を摺り寄せて、それからぽつんと一言つぶやいた。
「お母さん」
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