猫目堂
笑顔A
「お父さん?!」
娘はドアノブに手をかけたまま、驚いたように立ち尽くしている。
驚いて声も出ない娘に向かって、彼はできるだけ自然な動作で花束を差し出した。
「おめでとう、リラ。来るのが遅くなってすまないね」
そう言って、彼は笑った。
「――!」
娘の瞳から大粒の涙がみるみるうちに溢れ出す。
それを見て、彼は苦笑すると、ポケットからハンカチを取り出して涙をやさしく拭ってやった。
「何だね、いきなり泣き出したりして」
「だって……」
「さあ、私を中に入れておくれ。お前の愛する家族に、私を会わせてくれないか?」
「……うん」
娘はこくりと頷くと、父の手からライラックの花束を受け取り、その芳香を吸い込んだ。
「いい香り。お父さんが買ってきてくれたの?」
そう尋ねる娘に、彼は思わず苦笑する。
「いや、そうじゃないよ」
「?」
不思議そうに目を丸くする娘に、彼は何も言わず、ただ笑ってみせる。
娘もそれ以上のことは訊かず、父の手を取って、二人は仲良く家の奥へと消えて行った。
「笑って。あなた、リラ。これからもずっと笑い続けて」
空の上で、柔らかな声がした。
《おしまい》
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