猫目堂
E
「ごちそうさまでした」
そう言ってコーヒー代を払い、慌てて店を出て行こうとすると、
「あ、こちらをお持ちください。当店からのサービスです」
コーヒーを入れてくれた店員が笑う。
バスに乗り遅れそうな彼女は、ひったくるようにして小さな紙袋を受け取ると、
「ありがとう」
慌てて言って、駆け足で立ち去って行った。
彼女を見送る店員に、もう一人の店員がそっと近寄る。
「あれで良かったのかい?」
「うん」
「そうか」
「きっと彼女は大丈夫。新しい家族とうまくやっていけるさ」
微笑みながら言う彼に、もう一人の店員も笑いながらそっと彼の肩を叩いた。
「ああ、そうだね。海斗」
なんとかバスに間に合い、彼女はほっと息をついた。
椅子に座り窓の景色を眺めながら、ふと自分の手の中の紙袋に気付く。
そうだ。さっきのお店でもらったんだった。
そう思いながら紙袋を開けてみる。そして、
「これ――」
彼女は息を呑んだ。
そこに入っていたのは、あの海斗の首輪だったのだ。
「どうして?だって、あれは夢……」
恐る恐る首輪を取り出すと、そこに小さなメモが貼ってあった。彼女は急いでそのメモを読む。
『一番大切な君に。
ありがとう。
いつまでも君を見守っているよ。
海斗』
そしてメモの間からふわりと落ちたのは、真っ白な…本当に真っ白な羽根。
彼女の瞳からとめどなく涙が溢れた。
やっぱり夢なんかじゃなかった。
「海斗……」
彼女は首輪を握り締めて、いつまでも泣き続けた。
その後、彼女が何度そこを訪ねて、どんなにあちこち探しまわっても『猫目堂』はとうとう見つからなかった。
もしかしたらあの店は、この世には存在しないのかもしれない。
それでもいい、と彼女は思った。
海斗はいつも傍にいる。そしていつまでも見守ってくれている。
自分と、そしてこの小さな新しい家族……海斗の妹になった白猫の『湖子(ここ)』を。
「ね、海斗。そうだよね」
そう言って空に向けて微笑んだ彼女の隣で、丸くなって眠る湖子が幸せそうに大きな欠伸をした。
《おしまい》
[前へ][次へ]
[戻る]
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!