猫目堂 D 「……」 神儺はじっとその様子を見つめていた。 だが突然目の前に伸びてきたラエルの手に、神儺は一瞬驚いて身をひこうとした。 「何?」 堪らずにぎゅっと目を閉じると、温かな指先がそっと神儺の頬に触れた。そしてゆっくりと神儺の目のふちをなぞっていく。 「あ――」 いつのまにか神儺の瞳から涙がこぼれていた。ラエルはそれを優しく拭いながら、呆然とする神儺にほほ笑みかけた。 「大丈夫かい、神儺?」 そう問われて、神儺は顔をわずかに赤く染めると、慌ててラエルに謝った。 「す、すみません!取り乱したりして」 「いいんだよ、神儺。気にすることはない」 「でも……でも、私は導き手です。その私が感情を乱していては、導く相手に不安を与えてしまいます。まだ未熟とはいえ、導き手としての自覚が足りませんでした。申し訳ありません」 神儺が真摯な口調でそう言うと、ラエルはふっと首を傾げた。 「そうだろうか?」 「え?」 「私たちは、人の心の深いところに触れなければならない。その時に相手の心に共鳴するのは悪いことかな?……私はむしろ、とても大切なことだと思うよ」 「……」 神儺は無言でラエルを見つめた。 そんな神儺に、ラエルは花の微笑を向ける。 「どうかその気持ちをずっと忘れないで。今の君の優しさを、ずっと持ち続けて欲しい。…きっと君は立派な天使になるよ、神儺」 ラエルの言葉に、 「ありがとうございます」 神儺も花がほころぶようにほほ笑んだ。 「では、行きましょうか」 神儺がそう言うと、老夫婦は揃って頷いた。しかし一寸だけ寂しそうに表情を曇らせると、 「ワシらがいなくなったら、この桜は誰が見てくれるんだろうなぁ」 「そうですね…、それにあの狸の親子も気になりますねえ」 口々にそんなことを言う。 [前へ][次へ] [戻る] |