猫目堂
E
神儺が困ったようにかすかに眉尻を下げると、ラエルがゆったりと言った。
「桜も狸たちも、きっと立派に生き抜いていきますよ。でも、どうしてもお二人が心配だというのなら、一年に一度、桜の咲くこの季節に、誰かに様子を見に来させましょう」
そのラエルの言葉に、老夫婦はぱっと顔を輝かせた。
「そうしてくれるとありがたい」
「本当に。――でも、いったい誰が?」
老婆が尋ねると、ラエルは傍らの神儺にそっと笑いかけた。
神儺もにっこりと頷いて、優しく二人の手を取った。
「毎年、私が必ず地上に降りて、お二人の代わりに桜と狸親子の行く末を見守っていきます」
きっぱりと神儺が告げると、老夫婦もやっと安心したように笑った。
その日、咲き誇る桜の花に見守られて、二人の人間の魂が天に召された。長く連れ添った老夫婦は、その最期のときまで二人仲良く一緒だった。
そして、それは一人の若い天使にとって、初めての魂の導きでもあった。
二人が去ったその後には、古い大きな家の焼けた跡と、一本の桜の木。そして、いつまでもいつまでも空を見上げる狸の親子の姿。それらを優しく吹き抜けていく春風。
ただそれだけが残っていた。
□■□■□■□■□
「で、どうだったの?」
おっとりとカウンター席に腰掛ける神儺に、淹れたてのカプチーノを差し出しながら、カイトは期待に満ちた瞳で問いかけた。
神儺は、そんなカイトににっこりとほほ笑んで見せると、
「今年も見事に咲いていましたよ。ほら…」
そう言って、一枝の桜をカイトとラエルに見せた。
淡く柔らかな花びらが、いくつもいくつも咲き誇っている。
「桜の木が、今年もぜひおじいさんとおばあさんに見せて欲しいって。一番綺麗に咲いた枝をくれたんです」
「そうか。あの桜も、二人のことを忘れていないんだね」
「ええ、勿論です。それに、あの狸たちも」
神儺はくすりと微笑した。
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