猫目堂 幸せな結末@ 6th ―Мelissa― その日、鎮魂の鐘の音が村中に響き渡った。 多くの人が悲しみに涙を流し、白い花を手に次々と修道院の門をくぐった。 人々に『聖女』と呼ばれ愛された一人の女性が、使命を終えて天に召されたのだ。神に愛された『聖女』は、今まさしく神の御ひざへと旅立っていった。 すっかり人気のなくなった墓地に、一人の人物が佇んでいる。 長い黒髪にアメジストをはめ込んだような美しい紫暗の瞳。白い輪郭は女性的な美しさをかたち作っているが、彼が着ているのは貴公子の正装だった。 彼は静かに墓前に立ち、じっと墓碑を見つめている。ひどく優しい表情で。 「メリッサ……」 彼の口から、愛しそうに紡がれる名前。 それは、今となってはもう誰も呼ぶことのないこの墓の主の本名。 「メリッサ……」 彼はもう一度その名前をつぶやき、冷たい大理石の表面に口づけを落とす。 生きている間には一度も触れることのなかった唇。しかし、これくらいの罪ならば、きっと神も許してくださるだろう。 彼はそう思い、ゆっくりと墓標を抱き締めた。まるで彼女の体を抱くように、優しく、強く、想いを込めて。 やがて墓を立ち去ろうとした彼は、前方の木立ちの合間に思いがけない人物を見つけた。 あまりにも意外だったので、思わず紫色の瞳を見開いてしまう。 「こんなところで何をしているのだね、メフィストフェレス?」 「お前さんの呆けた顔を拝みに来てやったのさ」 彼の古い友人で『美貌の大悪魔』と称されるメフィストフェレスは、そう言ってにやりと口元を歪めた。それだけで大輪の花が咲くような華やかな雰囲気を漂わせる。 「わざわざそんなことのために?君もずいぶん暇なのだね」 「いやいや、あの悪名高い『万魔殿(まんまでん)の妖花』アスタロト殿の落ち込んだ顔など滅多に見られるものではないからな」 メフィストフェレスの言葉に、彼はくすりと微笑をもらす。 「落ち込んでいる――ように見えるかね?」 アスタロトが言うと、メフィストフェレスは思い切りため息をついた。 [前へ][次へ] [戻る] |