猫目堂
D
山奥にある小さなバス停。
そこに、カイトとラエルが並んで立っている。
二人の視線の先には白い木肌の林と、その奥に見え隠れするレンガ造りの小さな建物。
「…ねえ、ラエル」
建物を見つめたまま、カイトが声をかける。
「何だい?」
「あのお店、どうなるのかな?」
「私たちがここを去ったら、まもなく跡形もなく消えてしまうだろうね」
「……」
黙りこむカイトに、
「仕方ないんだよ。あれをあのまま残しておくことは出来ないのだから…」
ラエルは困ったように微笑う。
けれど、その口調はどこか言い訳じみている。誰でもなくラエル自身がそう感じていた。しかし、ラエルはそれを誤魔化すように、ことさら明るい口調で言う。
「このバス停もお役ご免だな。もうこの山奥に迷い込むものは誰もいなくなるね」
寂しいけれど仕方ない――。
ラエルはそう笑ってみせる。
「……」
カイトはじっと黙っている。琥珀色の瞳は、ただ一点を見つめたまま動かない。
「カイト――」
「――あのさ」
ラエルが言いかけたのを遮って、カイトが口を開いた。そのままラエルを振り向くと、まっすぐにラエルの青い瞳を見つめた。
「ラエル…いや、大天使ラファエル」
ラエルはじっとカイトを見つめ返した。
その時もうラエルには分かっていた。これからカイトが言う、その言葉が何なのか。
「すみません、ラファエル。やはり俺は、あなたと一緒には行けません」
真摯な態度でそう言う。その瞳にも口調にも、まったく迷いはなかった。カイトの琥珀色の瞳はきらきらと輝き、その顔には何とも言えないおだやかな微笑が浮かんでいた。
(仕方ないな…)
ラエルは心の中でそっとため息を吐き出した。
(私には、カイトを止めることは出来ない。それに、どこかで私もこうなることを望んでいたのかも知れない)
ラエルは覚悟を決めて、カイトの次の言葉を待った。
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