猫目堂 D 山奥にある小さなバス停。 そこに、カイトとラエルが並んで立っている。 二人の視線の先には白い木肌の林と、その奥に見え隠れするレンガ造りの小さな建物。 「…ねえ、ラエル」 建物を見つめたまま、カイトが声をかける。 「何だい?」 「あのお店、どうなるのかな?」 「私たちがここを去ったら、まもなく跡形もなく消えてしまうだろうね」 「……」 黙りこむカイトに、 「仕方ないんだよ。あれをあのまま残しておくことは出来ないのだから…」 ラエルは困ったように微笑う。 けれど、その口調はどこか言い訳じみている。誰でもなくラエル自身がそう感じていた。しかし、ラエルはそれを誤魔化すように、ことさら明るい口調で言う。 「このバス停もお役ご免だな。もうこの山奥に迷い込むものは誰もいなくなるね」 寂しいけれど仕方ない――。 ラエルはそう笑ってみせる。 「……」 カイトはじっと黙っている。琥珀色の瞳は、ただ一点を見つめたまま動かない。 「カイト――」 「――あのさ」 ラエルが言いかけたのを遮って、カイトが口を開いた。そのままラエルを振り向くと、まっすぐにラエルの青い瞳を見つめた。 「ラエル…いや、大天使ラファエル」 ラエルはじっとカイトを見つめ返した。 その時もうラエルには分かっていた。これからカイトが言う、その言葉が何なのか。 「すみません、ラファエル。やはり俺は、あなたと一緒には行けません」 真摯な態度でそう言う。その瞳にも口調にも、まったく迷いはなかった。カイトの琥珀色の瞳はきらきらと輝き、その顔には何とも言えないおだやかな微笑が浮かんでいた。 (仕方ないな…) ラエルは心の中でそっとため息を吐き出した。 (私には、カイトを止めることは出来ない。それに、どこかで私もこうなることを望んでいたのかも知れない) ラエルは覚悟を決めて、カイトの次の言葉を待った。 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇ [前へ][次へ] [戻る] |