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猫目堂
B

 そうして、英輔は旅立っていった。
 忘れもしない。昭和十九年の秋のはじめに英輔は旅立って行ったの。
 私に一本の薔薇の苗木を残して。
 「僕が帰ってくるまで、この薔薇を預かっていてください」
 「ええ、いいわ。ねえ、英輔。この薔薇の名前は何と言うの?」
 「それは……無事に戻ってきたらお教えします」
 「そう」
 私は英輔の目をじっと見つめた。綺麗に澄んだ瞳だった。
 「かならず無事に帰ってきてね」
 私が言うと、英輔はその綺麗な黒い瞳で私をまっすぐに見て、
 「はい。必ず――必ず戻ってきます」
 はっきりと頷いたの。

 けれどね。
 彼は帰ってこなかった。

 彼が配属された先は特別な場所でね。
 若い兵隊さんばかりを集めた『神風特別攻撃隊』という部隊で、250キロ爆弾を積んで、文字通り神風のように敵機に体当たり攻撃をするのが任務だった。
 ……分かるでしょう。最初から、死ぬために基地を飛び立っていくのよ。二度と戻ってこられないと分かっていて、それでも命令だから行かなくちゃならないの。

 英輔が神風特攻隊として飛び立ったのは、だいぶ敗戦の色が濃くなってきた時期だった。
 そう。ちょうど英輔が大海原に向かっていた頃、日本はもうどうしようもない状態だったわ。その頃には、どんなに頑張っても日本は戦争には勝てないと、誰もが心のどこかで知っていたのよ。
 そして終戦――。
 ラジオから流れてきた天皇陛下の玉音放送、あれは今でも決して忘れられないわ。
 これでやっと戦争が終わる、英輔が帰ってくる。何も知らない私はそう暢気に考えていたの。

 その時もうあの人は、とうにこの世からいなくなっていたというのに―――


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あきゅろす。
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