猫目堂
E
「それは違うよ、ティオ!」
少女は思わず大きな声を出した。
驚いているティオにかまわず、少女はさらに言う。
「ティオ、私は最後まで頑張ったよ、諦めなかったよ。ティオともう一度一緒に走りたくて、最後まで生きようとしたよ。だからティオもそんな悲しいこと言わないで、生きることを諦めないで」
「でも……」
ティオは困ったように首を傾げて少女を見つめる。耳を下に垂らしてうなだれる姿は、なんだかひどくちっぽけで頼りなく見えた。
そんなティオを、少女は力を込めて抱き締める。そして一生懸命にティオに言う。
「約束するから。いつかティオが本当に天に召される日が来たら、私がティオを迎えに来るよ。それまでティオのこと、ずっとずっと天国から見てる」
その少女の言葉に、ティオの黒い大きな瞳から涙が溢れ出した。
少女の肩に手をかけて、まるで遠吠えのように声を上げて泣き続ける。
少女はそんなティオの背中を、小さい子供をあやすようにぽんぽんと叩く。
「ティオ、大好きだよ」
ティオの耳元に、少女は心を込めて囁きかける。
「お願いだから、元気で長生きしてね、ティオ。私はいつもティオのこと見守ってるからね」
そう言った少女の瞳からも涙がこぼれて、ティオの乾いた鼻を優しく濡らしていった。
カタン―――
外から小さな物音が聞こえて、家の中から女性が出てきた。
慌てて犬小屋に近づくと、そこに愛犬の姿を見つけて、安心したようにほっと息を吐いた。
「お前、どこに行っていたの?心配するじゃない。………あら?」
女性は驚いて犬のそばにしゃがみ込んだ。
犬は餌入れに鼻を近づけると、ふんふんと鼻を鳴らし、それからおもむろに口を動かし始めた。
それを見た途端、女性の顔に何ともいえない微笑が浮かぶ。
「良かった。お前、やっと食欲が戻ってきたのね」
女性はそう言うと、愛しそうに犬の背中を撫でた。
犬はゆるゆると尻尾を振りながら、ゆっくりと、でも確実に餌を噛んで飲み込んでいく。
その犬の首輪のところに、真っ白な羽と黄色いタンポポの花が飾ってあった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◆◇◆◇
「ティオ…良かった」
少女は安心したように言い、静かに席を立った。
ラエルとカイトは無言で少女を見送る。
少女は扉のところで一度だけ二人を振り返ると、
「ありがとう」
にっこりと笑って消えていった。
カイトは少女の消えた場所をぼんやりと見つめている。
そんなカイトに、ラエルは手を伸ばして、そっとカイトの頭を引き寄せた。
「泣いてもいいんだよ、カイト」
ラエルは優しくそう言った。
カイトはラエルの肩に額を押し付けると、
「俺のあの子も、いつか俺に会いに来てくれるかな…」
小さな声で呟く。
ラエルはにっこりとほほ笑むと、
「ああ、勿論だとも」
カイトの頭をくしゃくしゃと撫でた。
誰よりも一番大好きだよ。
たとえ君が何であろうとも。
君は何より大切なかけがえのない存在。
《おしまい》
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