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「あー、れんだいすき〜」
「っだよ、脈絡ねえな……」
「いいじゃん、はい、ちゅーしよ」
「…………」
 トントンと蓮の頭を軽く叩いて上を向くよう促してから、ん、と唇を寄せれば、目を合わせたまま蓮の顔が近寄って来た。
 近寄れば当然柔らかな感触が落ちる唇、目を閉じるのが勿体ないと暗くなった視界でぼやける顔を眺めていると、眼を閉じろと言わんばかりにそのまま頭突きをされてしまった。
 いってえ、と口を開いたと同時に、耐え切れずそのまま蓮の口端をぺろりと舐める。ゆっくり上唇を舐めあげれば蓮は久しぶりの熱にびっくりした顔をしていたけれど、言わずとも舌先を口から出してくれたからこそ一方的な片想いではないのだと実感する。
 唇を合わせず舌だけを絡めていると、盗み見た視界から蓮の必死な表情が目に入ってしまうものだから、耐え切れないとばかりにその唇を塞いで、苦しいと髪の毛を引っ張られるまでつい奥まで暴いてしまった。
「はぁ……ごめんね?」
「、っ……はぁ……」
 キッと鋭い視線が上から落ちてくるけれど、本心は先程舌を出してきた優しい甘えただと知っているからこそ、何も怖いことはない。
「素直な蓮も好きだよ」
「…………」
 ぎゅうう、と頭と腰を抱きかかえれば、赤い耳を隠さず痛い離せと繰り返し言われたけれど、少し力を緩めてみて暫く我慢してみれば今度は蓮からぎゅうと抱きしめてくるものだから、抱きしめることは勿論抱きしめられることも悪くないなあと思えてしまった。
 蓮が上になったり健悟が上になったり、広いベッドでふたり横に並んだとしても絡まる脚は離さない。
 にやけた顔が戻らない。枕元においてある時計が随分と早い時間をさしているからこそ、今日はゆっくりできるな、とついつい笑みがこぼれる。他のことなんてなんでもどうでもいいから、ずっと蓮とこうしてたい。
 好きだと囁けば、何百回も言っているだろうその言葉に慣れることなく、一度狼狽して視線が外される。
 一瞬だけ視線を逸らしたあとは照れ隠しの冷たい言葉が返ってくるけれど、熱い掌と真っ赤な耳はいつまで経っても蓮の心を隠してはくれなくて、たまにしか帰ってこない甘い言葉だけどその所作で十分すぎるほど伝わってくる。
 それを分かっているからこそ可愛い可愛いと頭を撫でてしまう健悟の行動は、蓮にとっては馬鹿にされていると思ってしまうもので、このやり取りのあとは決まって蓮の背中が待っていることが多かった。
 もう知らねえ、と呆れる蓮に健悟がごめんと微笑む、飽きぬ応酬に孕む甘ったるい空気を楽しんでいると、わざとらしくほっぺたを膨らませた蓮がひどく悔しそうに健悟の顔を見上げてきた。
「どうかした?」
「…………………………すげー悔しいけどさ、」
「んー?」
 近くにあった薄手の毛布を手繰り寄せてすっかり頭まで被ってしまった蓮に健悟が首をかしげて見ていると、その閉ざされた毛布の中から、顔も出さずに優しい声が落ちてくる。
「……やっぱさ、おまえめっちゃ落ち着く」
「ーーー」
 ぴたり、毛布をはごうとしていた健悟の手は止まり、空気清浄機の音にすら掻き消されそうなほど小さな声に全神経を集中させた。
「慣れちゃ悪いって分かってんだけど、この家とか、すげえ落ち着く、……ヤバイ」
 はあ、と漏れた溜息は毛布の中から。
 相手の様子は汲み取れずとも甘えていることが雰囲気で分かってしまう。そんなこと言って、俺が喜ぶって、肯定の返事しかできないって、知ってるくせに。
「ーーー当たり前でしょ。誰のためにココがあると思ってんの」
 毛布の上から髪の毛がある位置をわしゃわしゃと鷲掴むと、突然枕に顔を押し付けられて息ができなくなったのか、蓮はぷはっと大袈裟な呼吸音とともに布団から這い出てきた。
「……おめーんチだろ」
「ちがいますーおれと、れんの家ですー」
 慣れちゃ悪いだなんて、まだ言っているのかと言わんばかりに健悟はきっぱり言い切った。
 どれだけ彼に馴染むのか、ただそれだけを追求し続けていることを、きっと彼は知らない。知らなくていい。
 マネージャーの泉には散々連絡がつかないと怒られながらも、煩いのが嫌いな彼のために律儀にもエレベーターの中でこっそり携帯電話をマナーモードにしていることも。
 まだひとりでこの部屋に住んでいたころ、東京を見下ろす夕陽の綺麗さに気づいた健悟が、景色に弱い彼のために窓を改築して大きなガラスに張り替えたことも。
 そしてそのガラスを覆うカーテンを、蓮の実家の部屋と合わせるべく、白いカーテンに変更していたことも。
 好きだと口に出したことはないけれど、シルクのシーツにしていた時だけ気持ちよさそうにシーツを握りしめて寝ていたから、今まであったものをすべて処分して、新しく買い揃えたことも。
 田舎ほど空気は良くないかもしれないけど、空気清浄器も加湿器もずっと動かしてる。
 最新のゲームはいつだってなんだって、どれだけでも揃えてあげる。

 たったひとりだけ、蓮の居心地が良くなるのならば、なんだってしてあげるのに。

「れえーんー、……好きだよー? すっごい好き」
「……知ってっし」
「………………」
 本当に知ってるのかな。こんなに必死におまえを繋ぎ止めてるなんて、知らないくせに。
 たぶん俺の気持ちが百パーセントだとしたら、蓮の気持ちなんてその十分の一にも満たないんじゃないかな。
 こんなこと言ったらすごく怒られそうだから、言わないけど。
 気持ちが返ってこないまま十年も待ったんだ、数百分の一だって、数千分の一だって、そばに居てくれるならなんだっていいよ。
「……れーん」
「なんだよ?」
「ちゅーして」
「えー」
「えーってなに、ちゅーしたい。ちゅーしてー」
 ん、と行為を強調するように目を閉じて唇を突き出すも、目の前に影が落ちる様子はない。
「さっきからキスばっかな」
「ヤなの?」
 わざと唇を尖らせてぶすくれるけれど、それに対する蓮の答えなんて本当は知っている。
「…………つか、おめーが来いよ」
 ちょっと困った顔をしながらも、ぜったいに許してくれるその顔も、大好きだから。
「……行く!」
「はっ、従順」
「れんくんはわがままですねー」
「おめえだよ、お、ま、え」
「はい、れん、シーッ」
「ん、」
 甘えた口調で名を呼んで、視線だけで返答をくれる目の前の唇に何回目かも分からない濡れた音を響かせる。
 わざとらしく、ちゅー、と音を立てて吸い付けば、独占欲の欠片も受けとっていなさそうな蓮は、やめろよと笑いながら健悟の両頬を親指と人差し指で軽く抓るのみだった。
「つかおめえは俺が酒くせえっつってたけど、おまえも大概タバコくせーんだよ」
「え、ほんとに?」
「禁煙できたんじゃなかったのかよ」
「んー、蓮が居たら禁煙できる〜」
 おくちがさみしくないからね、と甘え口調で口実のように唇を重ねれば、蓮は困った顔をしながらも、もういっかい、飽くことなく健悟の顔を引き寄せた。





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