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「うーわ西さん、ちょぉーナイスターイミーングー」
「!」
 そして、恭祐が店主から受け取った大皿の上、には―――。
「はい、あーん」
「…………」
 千切りのキャベツの上に所狭しと並べられる茶色と赤、プチトマトの彩りにも目もくれぬ蓮の視点はただ一点へと向かっていて、その先へと箸をのばした恭祐は躊躇うこと無くサクサクの衣を掴み込んだ。
 そして海老の頭を慈悲も無く外した恭祐は、胡座を掻いていた脚を崩して膝立ちの状態になりながら、真っ正面から蓮のもとへと右手を伸ばして、あー、と大きく口を開く。
 虫歯の無い白い歯を見せながら蓮に向けて大きく口を開く様子はまるで頑に口を閉ざしている蓮を誘導するかのようで、恭祐は負けじと真一文字に閉じられた蓮の口元へと海老の衣をぐいぐいと押し付けていた。
「ほい。食べてみ?」
 あっけらかんと言ってのける恭祐が強請るように手首を揺らすたび、揚げたての衣がサクサクと音をたてて零れる。
「…………」
 それでも頑に口を開かぬ蓮を見て、恭祐は味の問題かと思い至ったのかご丁寧にソースまでしっかりとかけてくれたけれど、それでも唇を真一文字から動かさぬ蓮を見て、「あれ、タルタルの方がよかったぁー?」と呑気にも見当違いに首を捻らせていた。
 
 …………ばかやろう、そういう問題じゃねえだろ。

「…………んだよ、これ」
 そして、チッと舌打ちをお見舞いした蓮は目の前の箸を払い退けながら、恭祐を睨みつける。
「さっきお酒取りに行ったときに頼んじゃったぁ〜」
 えへ、と悪ぶりもせず微笑む恭祐に、嫌味かよ、と思いながら眺める先は、唇に既に当てられているあつあつの海老フライ。
 蓮の唇に入れようとぐりぐりと押し付けてくることで衣が唇についてしまって、あち、と蓮が目を逸らすと同時に、思い出したくない過去を胸中に浮かべながら問いかける。
「…………なにこれ、嫌味?」
「ちがうじゃん、仲直りの証じゃーーーん」
 なんでそぉなるの〜? と唇を尖らせながら肩を落とした恭祐は、蓮の唇に押し付けていた海老フライに諦め混じりに噛み付いて、揚げたてのサクサクとした音をこれ見よがしに聞かせながらもう一口と食べ進めた。
「うまっ、ちょぉーーぷりぷりっ!」
「…………」
 幸せそうに食べ進める恭祐を白い目で見る蓮は、恭祐が何を考えているかも分からず、仲直りの証、と称された海老フライを数年振りに視界に入れたと眉根を寄せることしかできない。
 大好きだったそれが見たくもないものへと変化して、見るだけで苛々する記憶へと結びつく。その記憶を作り上げた張本人が悪怯れなく一本丸ごと食べ終えると、間髪置かずに二本目を箸で掴み、唇についた衣を舌で舐め上げながら「はい」と再び差し出してきた。
「……はい、って」
 だから嫌いだっつってんじゃん、と海老フライから視線を逃して恭祐を睨み上げれば、うそつき、と小さな声で呟かれてしまう。
「あ゛?」
「イガ見てるとさぁ、ちょーおモッタイナイな〜って思う」
「、もったいない?」
 はああ、と溜息を吐きながら紡がれた恭祐の言葉に覚えの無い蓮は、眉を歪めながら聞き返す。
「うん。だってさぁ、わりと顔立ち整ってるのに女の子にがっついたりしないしぃ」
「そりゃ付き合ってるやつ居るんだから他にいらねえだろ」
「そこそこ綺麗そうな顔してんのに手入れもガサツだし」
「そこそこってなんだコラ」
「……あと一番は、あんなに綺麗な黒髪を、こーんな金色にしちゃったりさぁ?」
「は、?」
 変に拗ねた言い方から一転し、まるで一瞬にしてお酒が抜けたかのように真顔で見つめてくる恭祐は、蓮の金色の毛先に手を伸ばしながら眉を顰めて言い切った。
「……似合ってるけど、もったいないよ」
「?」
 ぽつり、ぽつり、と小さく、個室に恭祐の低い声が響く。
 あんなにも昔のことなんて覚えているはずもないだろうに、懐古するように呟いた恭祐は、次の瞬間、蓮が不審そうに見つめていたことに気付くと、またいつものように口角を上げて再び海老フライへと箸先をのばし始めた。
「ねっ。ひとくち」
 そして、蓮が口を開くだろうと信じて止まないかのように、まるですべて分かっているかのように笑う恭祐は、たった一言そう言い放ち再び蓮の口元へと熱々のそれを近づける。
「…………」
「だってイガさぁ〜海老フライが嫌いになったんじゃなくてぇ、俺のことがムカついてただけでしょー?」
 否定できぬポイントをついてくる恭祐に蓮が肯定も否定もせずにただ眉を歪めると、恭祐は差し出した右手はそのままに、突然テーブルの表面まで額を下げ始めた。
「だから、俺はあのときの海老フライを返しました、ごめんなさい!」
「!?」
 がつん、額とテーブルが巡り会うことで中々に良い音が個室に響いたことに蓮が驚くけれども、恭祐は自分からぱっと顔を上げてから、にかっと気持ちの良い笑顔を見せてくる。
「―――これで、本当に仲直り。ね?」
「…………おま、ばっかじゃねえの……」
「えー?」
 恍けるように笑う恭祐は痛そうな素振りを少しも見せなかったけれども、それとは正反対に、薄暗い個室でも分かるほど、本当に一部分だけ赤みを帯びている額が視界に入ってくる。
「………………」
 だからこそ、決して冗談でも嫌味でもないのだろう目の前の海老フライに、蓮は少しの間唇を尖らせてから、「……はああ」と重い溜息を吐き出した。
 そして、十年間引きずり続けた安いプライドを削ぎ落として、有無を言わさぬ恭祐の右手首をガシッと掴みこむ。
「…………わーったよ」
「うん!」
 そのまま恭祐の右手を自分の口元に引き寄せた蓮は、ぱくり、忘れかけていたサクサクの衣とぷりぷりの海老の食感に舌鼓をうって、じっと見つめてくる恭祐からわざとらしく視線を外しながらもぐもぐと頬を動かした。
 美味しい? と感想を聞かぬ恭祐は、まるで返事など分かっているかのようで、蓮は悔しそうに自らふたつめの海老フライに手を伸ばし、十年前の遠い記憶に手を振ることを決意した。
「……恭祐」
「?」
 嬉しそうに酒を呷る恭祐の様子を見ていた蓮が、右手の指先をちょいちょいと動かしてその顔を引き寄せれば、恭祐は、両手をテーブルの空いているスペースに器用に乗せながら従順に蓮のもとへと顔を寄せてきた。
 けれども蓮は、近づいて来た恭祐の綺麗な顔を見るでもなく手入れが行き届いている頬をぺちんと軽く横へと流し、覚えのある耳の傷を親指でなぞりあげる。
「…………ピアス。今度買ってやるよ」
 そして、いまこうして恭祐がお返しをしてくれたことと同じくして、せめてもの償いにと、拡張されたホールを見ながら蓮は言う。
 痛々しい傷が今更消えるわけでもないけれど、自分が償ってもらったモノと言葉と同様に、なにかを恭祐に返したいと素直に思ったからだ。
 拡張されているピアスとピアスの隙間、外耳にある線に罪悪感を募らせながら、自分の言った言葉を反芻し、引っかかったそれに眉を寄せて言い直す。
「……買ってやる、じゃねえか。買わせてください、……か?」
「―――……うん」
 ふっと笑った恭祐が顔の方向はそのままに視線だけを蓮に流してくるものだから、どの角度から見ても格好が決まってしまう容貌に蓮は耳から手を離し、恥ずかしそうに首を掻く。
「俺も……あんときは、……悪かった。………………ごめん」
「……うん!」
 そして俯きながらもごもごと、それでもきちんと当時のことを謝れば、当の本人の顔は恥ずかしさから見ることが出来なかったけれど、その明るい声音のみで表情を察することはできた。
「あー……もうなにおまえ、マジですっげえ恥ずかしいわ!!!」
「えへへー」
 赤くなっていそうな両頬をぶわっと両手で覆いながらようやく恭祐の顔を見ると、まるですっきりしたとでも言わんばかりの顔で蓮に向けて微笑んでいるものだから、今日こうして飲みに誘った理由は単なる気まぐれではない、明日から本当に気まずくさせないため、わだかまりを残さないためだと気付いてしまい、思わず頭を抱えたくなってしまった。

(…………もうなにこいつ、意外と、めちゃめちゃちゃんとしてるんじゃん……)






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あきゅろす。
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