43


* * *


「…………マジかよ」
「うーわァー……ヨソーガイだわぁー、さすがに〜」
 ぽかん、開いた口が塞がらないとばかりにただ前方を向いているだけのふたり、蓮と恭祐の見ている場所と言えば所詮、クラスメイトが一様に席から立ち上がり離席してまで前へ前へと好奇心丸出しに進んでくるその姿だった。
 司会に呼ばれるがままに多目的ホールの扉から登場した蓮と恭祐はすっかり開き直ったかのような堂々とした出で立ちで登場したのだけれども、何の身構えもしていなかったクラスメイトの想像を遥かに超えていたのか、いままで穏やかな笑い声に包まれていた会場は一瞬不思議に静まり返ったのち、その反動も相俟ってとてつもなく大きな歓声にホールが包まれたのだった。
「っ!! …………んっだ、これ……」
「え〜……おれが聞きたぁい……」
 一つ前の班までの会場の空気を廊下で聞いていたからこそ、わりと笑ってくれるムードなんだな、と柔らかい気持ちで登場したというのに、現状は一変、まるで信じられないとでも言うような大きな歓声と好奇の視線が不躾なく降ってくる会場を見て、想像してたノリとちげーんだけど、と恭祐にこそり話しかければ、俺もデス、と苦笑とともに頷かれてしまった。
 それでも司会の進行は変わらず蓮たちをステージの真ん中へと呼んでいて、きゃあきゃあと黄色い声が止まぬ中、フラッシュとシャッター音を全身に浴びながら一歩一歩進んでいく。
「……うわもうすげ、すっげえ、マジでうっるせえ」
「あはは、やばァいねえ、これ〜」
「あーもう、そらおまえが出たらこうなるわ……」
 恭祐を上から下まで再度眺めた蓮は呆れながら、そういえばこういうヤツだった、と何をしても目立ってしまう恭祐に溜息を吐いたけれども、かたやその張本人は心外だとでも言いたげに眼を見開いていて、それは違うんじゃないの〜、とやんわりと蓮の意見を否定してきた。
「えー、いやいや。イガでしょぉ〜、これはぁ」
「ハア?」
 なんでだよ、と文句を言いながら隣同士で歩くその間すらもきっちりとフラッシュが降ってきて、延々とざわついている室内に違和感を覚えながら、やっぱおめーのせいだろうが、とステージの真ん中に立った恭祐の足を蹴りつけてやった。 するとその瞬間何やら宜しくない視線を感じてしまい、不審に思った蓮がなんとなく振り向くと、その蓮の言動と表情に対して、口元は微笑んでいるというのにその傍ら確実に怒りを秘めているだろう千華と目が合ってしまった。その奥に秘めた感情が不思議と蓮まで届いたからこそ、内巻きの金髪の下、蓮はひくひくと口角をあげて千華に向けわざとらしい微笑みを浮かべ返すと、次の瞬間、こくり、納得のいったかのような表情でゆっくりと頷かれた。ちょーこえーとぼそり呟いた蓮の独り言はすぐ隣に立っている恭祐にも当然聞こえていたようで、にこにこと笑う千華を視界に入れたことでやり取りを悟ったらしい恭祐に、くすくすと笑われてしまった。
 女装に扮した男子全員が出揃ったそこからは司会という称号を得ただけのお祭り人間が明らかに男でしかないほかの班の女装をイジったりけなしたり、すっかり打ち解け合っているその光景にクラスの皆からも自然と笑みがこぼれていく。
 そんな中でも時折ステージに向けて聞こえる「きょーちゃーん!」という馴れ馴れしい声、まるでどこかのライブ会場の如く黄色い声援を送ってくるそれに恭祐がゆるりと手を振る姿は酷く慣れているように見えて、隣に立っている年下の男に向けて、正負の感情なく、さすがだわあ、とすっかり関心することも一度や二度ではなかった。
 そして、そんな中―――。
「―――れんくーん!」
「…………ハイ?」
 ……恭祐じゃなくて?おれ?と半ば首を傾げながら、疑問を持ってクラスメイト全体に視線を返すと、その瞬間「うわチャレンジャー」という小さな声がこっそり聞こえてきた。何かに恐れているかのようなその言い草からして、そんなに怖い顔してたっけ、と少しだけ反省した蓮は思わず自分の頬をぶにぶにと触り、小さく矯正しながら音の元凶を目線だけで探っていく。
 けれども、声をかけてきたらしい三人組の女子は驚いている蓮の表情も眼に入っていないようで、ステージに居る蓮を見たままの感想をそのままピンクの歓声へと乗せているようだった。
「「かわい〜〜〜!!!!」」
「……知ってるー」
 まるで今にもハートが飛んできそうな歓声に、言われ慣れてるからこそ蓮がわざと男を全面に出した低い声でそう返したというのに、声を掛けてきた一帯からは「キャー!!」と何故か喜びまじりの黄色い声が返された。
「……なんで今のでキャーってなんの?ぜんっぜんわかんねえんだけど」
 軽く笑いながら蓮が恭祐にそう返すと、話しかけただけだと思っていた声がフロアに予想以上に響いたのか、今度は一部の女子だけではない、全体がわっと沸いて大袈裟に笑われてしまった。
「…………」
 『かわいい』の四文字如き、女装をすれば毎回変わらず言われ慣れている言葉だというのに、揶揄られている普段の温度よりも若干本気混じりな気がするのは気のせいなのだろうか。
 ちらりと視界を変更してステージからテーブルに眼を向ければすぐに不特定多数のクラスメイトと眼が合ったけれども、目が合った瞬間に一番前に居た男子生徒から不自然に逸らされてしまい、その行為こそが蓮の心配を更に増幅させていく。まあ、まさかな、と楽天的に考えてしまうことが蓮の長所でもあり健悟にとっては短所でもあり、場所を選ばず恭祐と蓮がこそこそとふたり笑い合っている無防備な姿を視界に入れているのは眼を輝かせている女子たちだけではなかった。
 そしてそこから、司会からの簡易的なインタビューも終了すると、前に立たされて値踏みされているかのような好奇の時間が終了し、ようやくと言って良い解放の声、ステージから各班の席へと戻って良いという指示が司会から繰り出された。
「―――え、つか俺ら服このまま?」
「もちろん」
「えー……」
 余りにも何の違和感なく解散する流れに疑問を持った蓮が、近くに居た司会に尋ねれば有無を言わさぬ答えが返ってくると同時に、何を聞いているのだと言わんばかりの表情を返された。
 この衣装と化粧のまま参加するのかと、仕方なくため息を吐きながら席に座り、ダリィなあ、と腕を捲ろうとしたその瞬間―――鋭く咎めるような声が降ってきた。
「蓮くん?」
「……え?」
 ただ名前を呼ばれただけだというのにその口調はどこか冷たくて、蓮が恐る恐る振り返れば笑顔の千華がその表情のままに無言で蓮の腕を指差してくるものだから、言葉を聞かずとも「腕まくりなんて、するな」と言われていることだけはわかってしまった。
「……や、暑いなー、とか……」
 思ったり、して……と語尾を濁しながら蓮が苦笑すると、千華はにっこり微笑んで、小さな右手を蓮の顔付近へと翳しながら問いかけてくる。
「暑い?扇いであげようか?」
「……なんでもないでーす……」
 はーい、と話を流すように千華の右手を押し返した蓮は、そのまま腕のボタンを外すのを止めて、女装の面倒臭さを痛感しながらひとりため息を吐いていた。
「怒られてやんのー」
「てめぇ」
 すると、隣に座っていた恭祐がにやにやと馬鹿にしてくるものだから、蓮は座ったままその恭祐の左足を軽く踏んづける。
「あ、つかおい恭祐、てめえ何腕捲ってんだよ」
 そして目敏く恭祐の腕捲くりを確認した蓮は、千華に言いつけてやると言わんばかりに恨みがましく恭祐を見たけれど、一方で全く堪えないとばかりに恭祐はにやりと口角をあげていた。
「え〜、だって俺千華ちゃんに良いって言われたもーん。ギャルだしぃ〜別に捲っててもキャラに合ってるしぃ〜」
「てめ、ふざけんなっ」
 ごめんね〜と口先だけ謝る恭祐に舌打ちをして、いっそこのまま殴ってしまおうかと蓮が眉間に皺を寄せたとき、逆隣に居る千華からくすくすと笑われている声が聞こえてきた。
「ふたりとも、仲良いね」
「わりィわ!!」
「うん、ちょぉー仲良し〜!」
 地の底から不機嫌な声を出す蓮と、にこり微笑んだ恭祐が千華に向けて答えた瞬間は全くの同時であり、だからこそ一拍後、やっぱり仲良しだね、と千華に笑われてしまい、蓮はぐったりと溜息を吐くことしかできなかった。
「またまた〜」
「…………はあ……もうおまえ嫌い……」
「えー、俺はイガだいすきだよぉー?」
 にこにこと笑っている恭祐の毒気の無さに呆れた蓮はそのまま恭祐の首根っこをつまんで前を向かせていると、タイミング良く班対抗のクイズ大会が始まり恭祐の気もそちらへと無事逸れていったようだった。
 そこから約一時間、ソツなく開催されたクイズ大会は蓮が想像していたよりも盛況のまま終了し、その後は不本意の極みである女装の班投票が行われる傍ら、開票時間を用いて至るところで撮影大会が行われつつあった。
 例に漏れず恭祐と蓮も最早誰のカメラかも分からないほど多くのレンズに向けて笑顔を振りまいていたけれど、時折蓮が疲れたと顔を歪めるとすぐさま千華からぱたぱたと身振り手振りで指示が飛んでくるものだから、その機敏さについつい蓮まで笑ってしまっていた。
「なにー?」
「や、なんでもねえ」
「あ。ねぇねぇ、こーんだけいっぱいカメラで撮られまくるとさーぁ、芸能人ってすごいなぁーって思うよネー。おれもうちょぉほっぺいたいもーん」
「あー、なぁー。たしかに」
 恭祐からの言葉に苦笑しながら同意した蓮の思うところと言えば、一番身近に居る人物、毎日レンズに囲まれ向き合っている芸能人のことだ。
 あいつもこんな感じなのかなぁ、とぼんやりカメラを眺めていると、なんでもかんでも健悟に繋がる思考回路だと改めて自覚してしまい、化粧の下にある顔はひどく赤くなっているのだろうと髪の毛で耳を隠すことしかできなかった。
「えー!分かんない分かんない、ほんとちょうかわいい、全然男子に見えないよ〜!」
「…………」
 そんなとき、少し顔を覆って誤摩化している蓮が見つけたのは、蓮と恭祐ふたりが並ぶ姿を納めたカメラを見ながら騒いでいる女子の一群だった。
 『男子に見えない』だなんて男として最高に落ち込むべき言葉のはずだというのに、少しだけ気分が浮上し喜んでいる自分が居ることも否めない。
 だって、男子に見えないってことは、もしかしたら……―――この格好で出掛けたら、あいつと手とか繋げるってことだろ?
「………………っ、」
 そんなことを一瞬でも考えてしまった自分の気持ち悪さに蓮はまた顔を俯き覆ったけれど、たかが手を繋ぐだけ、それだけのために、あいつは自ら女装でもなんでもしそうだな、と行き着き、頼んでも無いのにノリノリでやりそうだわ、と想像した途端思わず止められぬ笑みが浮かんで来てしまった。
「―――ぶっ」
「?」
 突然吹き出した蓮に恭祐が首を傾げると、蓮はムズ痒い口元を押さえつけて、収まれと言い聞かせながら恭祐に返事をする。
「あー、ワリ、なんでもねぇ」
「……ふうん?」
 なんでもないと言いつつにやにや笑う頬が変わらない蓮を見れば、短い経験値からでも彼女の事を考えてんいるのだろうとなんとなく分かってしまい、恭祐はそれ以上聞かずに横目で蓮の様子を眺めていた。
「…………」
 ―――いやでもあいつが女装するとなるとすげえ目立つよな、男でも女でも見た目は似合うだろうけどあんな高身長ぜってー目立つわ、バレたら大変だわ、ぜってー見つかっちゃだめだけど、いやでもあいつがやれっていうなら……まー……誕生日にでもやってやってもいいかな……いつも手ぇ繋ぎたい繋ぎたいうるっせえしな……。
 ううん、と顎に手を当てながら考え込んでいる蓮はこの状況ですっかり物思いに耽っていて、周りにあるカメラのことも、何か言いたげに見ている恭祐のことも、すっかり視界から外れているようだった。




43/60ページ

[戻る]


あきゅろす。
無料HPエムペ!