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「…………おおおおおーーー……!!!!」
「かわいくない?かわいくない?」
「すっげえかわいい!!!!!」
「……はあ?」
 興奮し始めた恭祐をよそに、千華によってガチガチに固められたポージングを律儀に崩すことのない蓮は、恭祐たちの様子に対して酷く不服そうに眉根を寄せ続ける。
「……なに?どうなってんの?なにが??」
 抱きしめる兎のぬいぐるみはそのままに恭祐に尋ねると、恭祐は爆笑しながら苦しそうに己の携帯を取り出した。
「ちょっ、写メっ!写メ撮る!イガちょっと待って!!!」
 笑いながら蓮の写真を撮る恭祐の意味が分からずやさぐれる蓮、そこに対して厳しい指導が入ったのは言わずもがな千華からで、ぎこちない顔を盛大に怒られながらほぼ無理矢理ともいえる紛い物の笑顔を作り上げていた。
「―――はい、蓮くんもういいよ」
「ぶっは!!」
 千華の指導の元で作り替えた表情に素早くさよならを告げた瞬間と、恭祐が肩を震わせながら自分の携帯を蓮に差し出してきた瞬間は、ほぼ同時のことだった。
「……だっれだこれ!!!」
 そして、顔の筋肉が引き攣り痛みを訴えていたこともすべて無視、恭祐のスマートフォンの中に居座る自分の写真があまりにも別人すぎて眼を疑った瞬間に、すべてのことが頭から離れて行く。
「え〜〜〜〜すごいかわいい、もう絶対優勝、絶対うちの班が優勝っ!!」
「いや、これは勝つでしょぉ……」
 酷く笑い終えてからはいっそまじまじと蓮の写真をガン見する恭祐は何を考えているのかあまりにも真剣な瞳で見つめていたからこそ、蓮は急激に恥ずかしくなりその恭祐の頭を殴って写真の消去を要求した。
「やだやだ、消さない消さないっ、これちょぉーかわいいもん、ウケる〜」
「ウケるっておめえな……つかんなこと言ってるおまえも可愛いっつか綺麗だかんな、マジで」
 悔しそうに告げる蓮の顔は若干赤らんでいたからこそ、そのキャラに似合わぬ表情もいまの服なら大いに許せると恭祐の頬が更に緩んでいく。
「あ、二人とも並んで並んで。撮ってあげるよ、綺麗なうちに」
「綺麗なうちって」
 鼻で笑いながら蓮が言う傍ら、恭祐はぐいと力強く蓮の肩を引き寄せて、その格好に似合ったやんちゃな表情で千華のカメラへとピースを返した。
 完璧な角度を千華から要求され続ける蓮は苦しさを表情に出さぬまま笑顔を繰り出して、頬がくっつきそうなほど近い場所にいる恭祐と同様に全力でピースを繰り出す。
「あ、合格、そのままそのままー、はい、チーズ!」
 そして、パシャ、とようやく鳴ったフラッシュに蓮が安堵して顔を崩すと、一方で千華はその頑張りに目もくれず、カメラに納めた一枚の写真をひたすら悩ましげな表情で見つめ続けていた。
「あ〜っ、よく撮れてるー!ちょぉー笑顔っ!」
「……半ば無理矢理だけどな」
 かわいー!と叫ぶ恭祐の横で蓮がぽそりと突っ込むけれど、肝心のリーダーからは何の言葉も発されず未だ眉根を寄せながら写真を睨んでいるだけだった。
「う〜〜ん……かわいいんだけど……」
「?」
 悩ましそうに唇を尖らす千華の様子に蓮が首を傾げたのは一瞬、突然思い立ったように早々と写真をローカルに保存した千華は、慣れた手つきでスマートフォンを操り始めた。
「かわいいけど、すっごくかわいいけどっ、ちがうの!まだぜんっぜん、可愛くなるのっ!」
 悔しそうに別のアプリケーションを立ち上げた千華の手元は画像加工アプリのようで、トップページにはいまの恭祐によく似た出で立ちのギャルがサンプルとして何人も取り上げられているようだった。
 トップページから躊躇い無く遷移する千華は使い慣れているのか、いとも簡単に画像へとエフェクトを施していき、まるで本物の女子のように美白効果をつけながら補正されていく様子はまさか中身が男だとは到底思えないようなクオリティーへと仕上がりを見せていく。
「―――できたっ!」
 そして、むんっ、と自信満々に蓮たちへと写真を提示してくる千華はひどく楽しそうで、そのキラキラした眼を見れば、蓮がつい吹き出してしまうことも無理はないことだった。
「ちょ、千華ちゃん本気すぎ」
「だって!絶対可愛いもん!ほらっ!ほらほらあっ!」
「あはははっ」
 蓮からいくら呆れられようとも、めげることなくスマートフォンを蓮たちの顔の目の前まで押しつけてくる千華は、まさに最高傑作だと言わんばかりの興奮を見せている。
「えーもうこれ絶対悪戯に使えるよ、男の子になんて見えないもん。女装大会知らない別学科の男子にでも見せたら普通に紹介してって言われるよ、ぜったい!」
「あははっ!」
 本気の眼差しで蓮を見上げてくる千華の純粋さについ蓮が笑ってしまうと、千華はなぜ笑われるのか分からないといった表情で蓮を見上げてきた。
「……や、千華ちゃんおもしれーね」
「??」
「あ。チカちゃんメアド教えてぇ〜、んで、送ってよー、それ」
「うん、もちろん」
 恭祐の誘いからまたまた慣れた手付きで恭祐のメールアドレスを打ち込んで送信する千華は当然流れで蓮のアドレスを聞いてきたけれども、自分のメールアドレスすら知らない蓮は、アドレス交換なんて健悟から習っていない、と諸悪の根元を恨むことしかできなかった。健悟にとっては所詮蓮が誰ともアドレスを交換できないようにと予防線を張った小さな抵抗だったけれども、その攻防虚しく、蓮は恭祐に言われるがまま拙い手付きでメールアドレスを千華へと教えていく。
 即時に届いた写真は変わらず女性ふたりの笑顔に見えて、千華の言うところの自信作をあとで武人に自慢してやろうと目論見つつ、絶対に健悟に見せるのだけは止めようと決意する。
 こんな画像を健悟が見つけた日にはいまこうして遊ばれている現状に理不尽な文句が延々と降ってくるだろうことは勿論、千華に対抗意識を持って今以上に遊ばれることが目に見えているからだ。
「―――六班、そろそろ準備して。出れる?」
 企画者の二年生が部屋まで呼びに来たことに対して、千華が「はーい」と緩い声音を返す。
 未だ片付けが終わっていなかったのか千華が急いで片付けに戻ったその時、―――恭祐はこそっと蓮に近寄り不意に耳打ちをしてきた。
「……メアドゲットォー」
「は?」
 声を抑えているからか掠れた音を出しながら耳元で告げられた言葉に蓮が首傾げると、恭祐はにやりと口角をあげて、部屋の端へと移動した千華の背中を指差した。
「だって。イガ、絶対タイプでしょ?」
「、」
 得意気に笑う恭祐に、先程の写真はただの口実だったのか、と思い当たった蓮はぐっと眉間に皺を寄せて、素早く拳を突き上げる。
「…………」
「、ぐはっ」
 そして、容赦なく恭祐の脇腹に拳を突っ込むと、恭祐はわなわなと震えながらその場にうずくまってしまった。
 荷物を持ってきた千華はよろよろと沈んだ恭祐を見て素直にどうしたのと尋ねたけれども、喋ることの出来ない恭祐より速くなんでもないと否定したのは蓮の方だった。
「あ〜〜……でもなんか勿体ないなあ、こんなに可愛いふたりを皆に見せちゃうの」
「なにそれ?」
 はあ、と溜息を吐く千華に向けて蓮が問い直すと、千華は惚れ惚れするように蓮と恭祐を見比べて深く頷く。
「だって絶対優勝できるもん。すっごくかわいい!さっきのあの角度忘れちゃだめだよ?」
「……はい、センセー」
 分かり易く期待が込められた眼差しに蓮が深く頷くと、千華は満足したように一度微笑んでから大きな荷物を両手に抱えて蓮の前を過ぎ去って行く。
「じゃ、先席についてるね」 あとでね、と一言にっこり笑って付け加えた言葉を最後に、ぱたぱたと廊下を駆け行く足音とは正反対にシンとした室内、その中で未だ腹を押さえながら恨みがましい眼をする恭祐は、変わらず不満そうな顔で蓮の表情を覗き込む。
「……イーガー」
「あァ?」
「…………ぜええっっったい、―――タイプでしょ?」
「………………うるせえって、だから」
 その恭祐の台詞が図星だったからこそ此処には居ない男にこっそり謝罪をすると同時、猶もしつこく迫る恭祐のまったく同じ位置に、ドスッと肘打ちをお見舞いすれば、先程放たれた声以上に低い呻き声をあげて再度床へと沈んで行った。




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あきゅろす。
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