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* * *



「―――はい、かんぱーーい!!!」



「……かんぱぁーい」
「はいかんぱーい! どーもど〜もォ〜」
「っだよ五十嵐、元気ねー! 一位おめっとさん、ふたりともー!」
「嬉しかねえんだよっ、ぜんぜん!」
「えー、だってイガかわいかったもんー。優勝してあたりまえだしぃ〜」
「っせえな、だっからおまえのがキレ―――」
「はいはいはい、喧嘩しなーい!」



 クイズ大会の後に行われた結果発表では言うまでもなく蓮と恭祐の班が断トツの票数を獲得し、誰もが納得している空気の中、もう撮影されていない角度はないのではないかと言うほど大量の写真を撮られて、大盛況の中レクリエーションは終了した。そしてその数時間後、夕食を食べたその足で、予想通りだと満面の笑みを浮かべる千華たちから、功労賞だと称えられるがままにクラスメイトの部屋でぐいぐいと酒を呷られる羽目になってしまった。
 最後の夜だからと体のいい言葉に騙されながら、何かに託つけて飲みたいだけの面々からはお疲れ様のコールが止まず、教師黙認の下、深夜の飲み会は続いていった。




* * *



 ―――そしてそこから延々と酒盛りを続けて時刻は午前三時半、未だフルパワーで飲んでいる体育会系のクラスメイトの傍ら、最初から一気にビールを飲まされていた蓮は眠たそうに眼を擦っていて、それを見た恭祐は以前蓮が飲み屋で倒れそうになっていたことを思い出し、こっそりとその腕を引いてクラスメイトの輪の中を抜け出していった。
 恭祐に気付いた蓮も抜け出すタイミングを諮っていたのか行動の意図を問うことはせず、周囲をこっそりと見渡しながら恭祐に続き、体勢低めに部屋を出る。
 皆が未だ夢中になって飲み騒いでいるからこそ静かに抜けることができたものの、部屋を解放されてもなお既にふらふらと廊下を歩く蓮の後ろ姿は、連れ出して正解だったと恭祐が呆れるのも無理のない状況だった。
 蓮と恭祐、ふたりの部屋に着いてからは一目散に敷きっぱなしの布団に飛び込んだ蓮だったけれども、すぐに寝るのではなく瞼を擦りながらも携帯電話をきちんとチェックしていたことがひどく意外で、恭祐は片眉を吊り上げながらその姿に視点を合わせた。
「んな酔っぱらってんのに彼女のことは忘れてないんだ?」
 本能すげー、とぼそり恭祐が呟けども布団までは距離があったからこそ、その言葉を拾うものは誰一人として存在しなかった。
 布団の中で欠伸を何度も浮かべながら、それでも、もそもそと携帯を弄っている蓮を見た恭祐はふと何かを思い出したように「あ」と言葉を落とし、ぱたぱたと蓮の布団へと近づいていく。
「ね。イガ、ケーバン」
「んー……?」
 そして眠り眼で返事をする蓮の前に恭祐は自分の携帯電話をぶら下げて、こっち見て、と言わんばかりにぶらぶらと揺らしている。
「そういやまだ聞いてなかったよネー、イガのケーバン」
「あー、だっけ……」
 ずっと一緒に居たし気付かなかったわ、とぼそぼそ話す蓮が余りにも昼間の元気なテンションと違っているからこそふっと笑ってしまったけれど、恭祐は気にせずそのままアドレス帳を開き自分の名前を提示した。
「はいこれ俺のネ。さっきチカちゃんのメールで思い出したんだぁー。聞こうと思って忘れてた、交換しよ〜」
「…………」
「……え、シカト?」
 にこやかに交換を促す恭祐とは正反対、難しい顔でじっと携帯電話の画面を凝視し続ける蓮はすっかり眉間に皺を寄せていて、何かあったのかと驚いた恭祐が恐る恐る尋ねると、蓮は唇を尖らせながらおずおずと恭祐を覗き込んできた。
「……や……どうやんの?」
「え?」
「わかんね、やって?」
 デフォルトの待ち受け画面を表示したまま動かされることのない携帯電話に対して、まるで降参だと言わんばかりに眉根を寄せた蓮は、驚いたような表情を見せる恭祐ならば分かるだろうとそのまま携帯を恭祐へと従順に渡してやる。
 こんなケータイ使えないひと初めて見たわ、と笑う恭祐に対して、アドレス交換以外なら普通に使えんだよ、と悔しそうな表情をする蓮は、目の前にある恭祐の脹脛を軽く殴りつけながらも酷く眠たそうにしているようだった。
「ねぇねぇイガぁ、イガのメアドどういう意味ィー?」
「メアドー……? なんだっけ……おれじぶんのメアドとか覚えてねえよ……」
「え〜。んっとねぇ、けーえぬあーるえぬ……」
「わーーー!!!!」
「!!?」
 蓮のアドレスを書いてある通り読み上げた瞬間、ただそれだけで蓮が布団から飛び起きて恨みがましく恭祐を睨んでくるものだから、さすがの恭祐もいっさいの理由が分からずその言動の不可解さに固まることしかできなかった。
「…………な、……なんでもねえ、……おれじゃねえから、変えたの」
「ええっ?」
「勝手に変えられたんだよ……もういいから寝ろっ」
「?……はぁーい」
 なぜか視線を逸らす蓮に疑問を持ちながらも、赤くなっている顔はいくら訊けども答えてくれなさそうで、恭祐は渋々といった表情でアドレスの登録を手早く済ませてやった。
「おやすみぃ〜」
「ん……おやすみ」
 そして本格的に寝る体勢に入った蓮を横目で見ながら電気を消して、恭祐は蓮から少しだけ離れた位置に敷いてある自分の布団へと移動していった。
「…………」
「…………」
 もぞもぞと恭祐が布団に潜り込んだときにはもちろん会話は終了していて、静かな空間だけが広がっていた。都会で毎日聞いていた車の騒音も、家では四六時中付けっぱなしにしているスピーカーの音もない、つい先ほどまで煩く騒いでいた人の声すら届かずアナログ時計の秒針だけがカチカチと響いている空間は恭祐には静かすぎて、たかがそれだけだというのに、合宿特有の雰囲気のせいなのだろうか、珍しく寂しさに駆られて蓮の方向へと寝返りを打った。
 電気は消してしまったけれども、蓮が恭祐に背を向けて寝ていることはこの四日間の蓮の寝相を見て知っている。
 ぱちりと眼を開けても外に街灯も無い合宿所はただひたすら真っ暗で、恭祐はごくっと息を呑んでから、こっそりと蓮に話しかけた。
「………………ねえねえねえねえ」
「……あー?」
「イガ、起きてた?」
「……おまえに話しかけられて起きたの」
「え〜。ねえねえ、だってさぁ、三日間だよ。三回も言い続けた「おやすみ」がさぁー、最後のオヤスミですってヨ、奥さん」
「んだそれ」
 恭祐のわざとらしい言い方がおかしくて蓮がつい笑ってしまうと、その傍ら、恭祐はその落ち着いた声に安心するかのようにゆっくりと眼を閉じながら、それに続く言葉を紡いでいく。
「……寂しくて泣いちゃう?」
「泣かねえよ」
「だよねぇー、彼女と同棲してるしねえ〜」
「それ関係ねえだろ」
「……おれ明日の夜、寂しくて寂しくてちょぉー寂しくて、メールいっぱい送っちゃうかもー」
「いーよ」
「! いいの?」
「いーよ。返信しねえけど」
「……してよ!」
「めんどくせえんだよ、メール」
「えー……」
「……でも見てっから、送ってきて良いよ」
「……イガ、優しいのか冷たいのかわかんなぁーい」
「なにそれ、優しいっしょ」
「……返信してよ、―――センパイ」
「…………」
「あ、ちょっと考えた?」
「………………っさい、寝ろバカ」
 もぞもぞと布団に潜った蓮は完全に恭祐の視界から外れてしまったけれど、もし明日の夜に携帯を見る機会があれば律儀に返信してしまいそうな自分を想像し、つくづく弱くなっていると反省しながらゆっくりと瞼を落としていた。
「イガぁ〜」
「……んだよ」

「明日からも、仲良くしーてネっ」

 背中から聞こえる声音は蓮が振り返らずとも楽しそうに笑っていることが容易に想像できて、読めない男だけれど、憎めない男でもあることを同時に痛感していた。
「……はいはい、こちらこそ」
 そして、明日からは、これからはきっと、この合宿期間とは比べ物にならないほどもっともっと多くの時間をこの男と一緒に過ごしていくのだろうと、そんなことを思いながら意識を手放した。




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