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「ひーっ、恭祐おまえ似合いすぎ!!!あっはは!やっぱまんまじゃねえかっ!!!」
 まんま、と言いながら蓮が指先を伸ばしたのはキャメル色のカーディガン、百八十センチメートル近い恭祐が着ても袖が余っているということは、男物でもかなり大きなサイズの部類に入るのだろう。よくウエスト入ったな、と蓮がカーディガンを勝手に捲りスカートの中を見ればカーディガンに隠れていたそこはチャックが閉まることなくベルトで抑えつけられていて、だよなあと大きく噴き出してしまう。
 恭祐の髪の毛は太めのコテに巻かれた明るい茶髪のロングヘアー、存在感のあるそれは女子高生というコスプレにぴったり当てはまるギャルの姿で、普段から派手な髪型をしている恭祐のことだからきっと似合うのだろうと容易に想像できていた。オーソドックスなルーズソックスの絶対領域を指差して笑う蓮はひどく苦しそうで、蓮の笑い声が止まぬ部屋の中、一方の恭祐は笑い声をあげることなく蓮を凝視していて、遠慮という言葉など欠片も知らないといったように容赦なく蓮の頬へと手を伸ばしていた。
「え〜〜っ!えーっ!かわいー!かわいい!めっちゃかわいい!!!」
 うっそぉ!!!と疑い深く蓮の両頬を伸ばしていると案の定普段の力の強さで蓮に叩きつけられたからこそ、いくら見た目が変わっても凶暴なところは変わらないのかといっそ安心すらしていた。
「すごぉーい!これマジで服着れてんじゃん!ほっそぉー!」
「だってこれ男物だろ、そら着れるわ」
「え〜っ!ちがうよぉ、おれぜったい入んないもんっ!」
 ウエストが強調されているワンピースの腹周りを確かめるように親指と人差し指で蓮の腰を挟み込んだ恭祐は、確実に女物だろうと驚きを隠さぬままにぴらりスカートを戸惑いなく捲り上げた。
「……………………ボクサー……」
「ったりめーだろ、アホ」
 少しだけ残念がる恭祐の様子に対して、恥ずかしがる素振りなど微塵も見せずに恭祐の手を振り払った蓮は呆れたように真っ青なスカートの裾を直した。
「うーん、でもやっぱり金髪が似合うねぇー、イガ」
「嬉しかねえよ」
所詮は鬘でしかない金髪のロングヘアーはくるくると内巻きに巻かれていて、気を抜くと眼の中に入ってきてしまいそうな前髪をうざったそうに避けながら蓮が言う。
 ハッ、と鼻で笑った蓮の顔はお世辞にも笑顔とは言えなかったけれども、その表情が身に纏う真っ青な服はそれだけで恭祐の頬を緩ませていて、マジで童話みたい、とぽつり呟かれた言葉に蓮は苦笑することしかできなかった。
 纏う服は真っ青な膝丈スカート、恭祐のようにミニではないそれは濃い水色に染まっていて、色を隔てるように下げられた真っ白なエプロンは男子には馴染むことのないフリルが全面的にあしらわれたものだった。
「さすがの俺もアリスは着たことねえわ……」
 オーソドックスな女子の制服やナース、チャイナドレスをふざけて渡されることはあったけれども、マイナーともいえるこの衣装にはさすがに巡り会ったことは初めてで、意図せず目の周りがひくつき拒否反応すら出てしまう。
「白ソきめぇ……」
 ギャグだろこんなん、と自嘲気味に笑った蓮に対して恭祐が全力で首を横に振る理由といえば、似合っているから、のただ一点のみ。いくら褒めても信じることなく蓮の怒りを買うだけだと知っているからこそ口には出さなかったけれども、すっごい、と感心するように蓮を見つめる恭祐の視線は言葉に出さなくとも雰囲気でわかってしまい、千華はこっそり笑ってしまった。
 ふたりのやり取りを見守っていた千華はゆっくりと蓮に近付いていって、あるものを背中に隠しながら恭祐へと話し掛ける。
「恭祐くん。あのね。蓮くん、まだ可愛くなるから」
「え゛?」
 予測もつかない千華の一言に眉根を寄せたのは蓮が先だったけれども、千華はその蓮からの問い掛けに答えることなく無理矢理蓮を己の傍へと引き寄せた。
「蓮くん、ちょっとこっち向いててね」
「、?」
 訝しげな顔をしながらも蓮は恭祐に背を向けて、やけに得意気な顔をした千華に促されるまま体を預けることにする。
「……イガぁー。後ろ姿さぁ、もぉちょー完全女子なんだけどぉー」
「っせバーカ」
 からかうように髪に指を絡めてくる恭祐の方を向かぬまま、背中側に無理矢理腕を伸ばしてその恭祐の手を振り払う。
「これ持ってみて?」
「え、うん」
 けれども、千華に大きめのぬいぐるみを渡されたことで両腕の自由が奪われてしまい、なんでぬいぐるみ、と突っ込む暇さえ許さず千華は真面目な顔で蓮と向き合っていた。
「蓮くんそれこうして此処に持ってみて?こうやってぎゅって抱きしめる感じで……うんそうそう、で、顎引いて……あ、ちょっと目線こっち向いて?ちょっと首も傾げてさ、あ。ちゃんと笑ってね、肩はこうして……脚も、あ、そうそう―――……うん。完璧」
「???」
 にやり、あくどく笑んだ千華の本心が分からず、なすがままに身体を預けていた蓮だったけれども、千華に「そのまま絶対に動かないでね」と強く釘を刺されたことで不自然な体勢のまま固まることしかできなかった。
「ちょ、千華ちゃ、この体勢つっら……!」
「ちょっとだけっ!ね、はい、恭祐くん。はやくこっち来て」
 頭にハテナを出し続けたまま千華からの突然の放置、当の本人は恭祐を手招きで呼んでいて、蓮を振り返らせるのではなくわざわざ恭祐を蓮の傍へと連れ出してきているようだった。
「?なんで俺がまわるのぉ?」
「いいからいいからっ」
 楽しそうに笑う千華の本心を男子二人が掴むことができずに従い続けたけれども、恭祐の場合はその理由がすぐに理解することができた。

「――――」

 蓮の目の前に、立った瞬間に。





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