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 幾度か見ている鏡の中の人物を探しながら覗き込んだ鏡の中には、見慣れた人物が現れることは無かった。現れたのは、まるで目が落ちてしまうのではないかと思えるくらいに大きな面積の瞳と、ぱっちりと上げられた睫毛、髪の毛のせいかマッサージのせいか輪郭さえもが変わった気がする顔にあるつやっつやのピンク色の唇、これは誰だと蓮が眉根を寄せるとそれに呼応する様に鏡の中の人物の顔も歪むものだから、千華には「こら!」といきなり怒られてしまった。
 違和感のない薄いピンク色の唇に合わせるように乗せられたチークのおかげで何もせずとも明るく見える表情は、化粧を落とせば男子が眠っているとは思えないくらいに完璧としか言えなかった。
 にやにやと緩み顔を崩さぬ千華は、蓮の顔が鏡一面に広がるように位置を調整しながら蓮の反応を窺い続ける。けれども呆然としている蓮から返ってくる言葉はなく、驚嘆を隠さぬまま鏡を覗き込む蓮を見れば確かめずとも十分な反応だと確信していた。
「ね。かわいいでしょ?」
「えー……」
 蓮がぺたぺたと自分のほっぺを触れば鏡の中の人間も同じ所作をする、鏡を叩けば案の定鏡越しに指が触れるものだから、目の前に居る人間が嫌でも自分なのだと思い知らされてしまう。
「……いやすっげ、利佳……じゃねえ、ねえちゃんとかにしてもらったのと全然チゲーんだけど……えー……すげえ、超すげえ、……マジで?」
 うそだろ、と様々な角度から己を見ても男の名残が感じられないのは輪郭や眉が金色のロングヘアーで隠されているからなのだろうか、何秒見つめても女子に見えてしまうのは素材のレベルよりも技量の問題の方が大きい気さえしてしまう。
「えへへ、あたしお化粧は自信あるんだ」
「や、自信とかのレベルじゃねえってこれ……マジですっげえよ……」
 自画自賛するつもりは毛頭ないが、街ですれ違ったら振り返るくらいの自信はある、それくらい、ただの女の子にしか見えなかった。
「……いやマジ、すげえ、マジ別人」
「そんなに褒められるとうれしいなー」
 えへへ、と柔らかく笑いながらメイク道具をしまう千華は大きめのポーチ三個に分けて手際良くしまっていて、蓮には到底分からない道具の使い分けは普通のことなのだろうかと尽きぬ疑問が沸いてくる。
「ねえ、千華ちゃんのそれ、全部化粧品?……なんで?東京の子ってそんなメイクうめえの?」
 利佳の化けっぷりも大概だとおもうんだけど、とは殺気を感じた故に飲み込んだけれども、ここまで変貌させられるとその技量はどこから来たのだと不思議に思わないはずがない。
 だからこそ好奇心を剥き出しに千華に尋ねたのだけれども、当の本人は少し考え事をするように言葉を選んでいるようだった。
「うーん、どうだろう……あたしはちょっと特殊かも」
「特殊?」
「うん。ちっちゃいころからずっとメイク道具とか触ってて、色んな人にやってあげてるから。自分用の化粧より、他人用の化粧の方が得意なの」
「へぇー……」
 その説明に対して、成程と納得しても根本からはすっきりしない。
 何かを包むような話し方に蓮がゴクリ息を飲んでから、こそっと小声で問いかける。
「……ちなみにさ、”なんで”って聞いて良いの?」
 部屋の端に居る恭祐たちに聞こえないように、千華に近付きながらこっそり聞いてみると―――一瞬だけ時が止まったかのように千華が一拍息を溜めた後、蓮の好奇心をすんなりとかわすように頷かれる。

「―――うん、秘密」
「…………」

 目を伏せて言葉通り秘密を仄めかす雰囲気はまるでつくられた世界観のように千華に合っていて、思春期の男子宜しく思わず胸の奥がきゅんとしてしまった。
 健悟に抱く感情とは違えども、素直にかわいいと思ってしまったことに少しの罪悪感を抱きながら鏡に向き直ると、メイク道具を終い終えた千華がまた蓮の髪型を細かく直してくれて、その出来栄えに満足そうに大きく頷いてくる。
「ね、とりあえず恭祐くんたちに見せに行こうよ」
 女装組がレクレーションに乗り込む女装大会まではまだ時間があるようで、千華は無邪気な子どものような悪戯顔で蓮を誘ってくる。
「はい、隠して隠して」 
 そして蓮の両手を手に取るとそのまま己の顔を覆わせて、顔が見えない状態をつくりあげてから、その蓮の腕をとるようにして蓮を立ち上がらせた。
「ね、恭祐くんたちは終わったー?」
「オッケー」
 蓮の視界が奪われたまま頭上を行き交う会話は恭祐の準備も終了したということを告げていて、それならばとわくわくしながら千華も蓮の腕を引っ張って行く。
 顔が見えずとも、悪戯めいた出来事に対して楽しそうな蓮の様子は雰囲気だけで十分伝わってきていて、顔を隠してしまえば更に男性とは思えない身体のラインに千華はひとり感心しながら恭祐たちのもとへと歩いて行った。
「でーきた?」
 蓮を背中に隠したまま、こそ、っと千華が恭祐を覗き込めば、想像通り綺麗な顔を綺麗に化粧されている恭祐の姿が確認できた。
 鏡の間にあぐらを掻いて座っている大きな背中の下にあるミニスカート、蓮とは正反対のフォルムにこれが普通なのだと千華が納得していると、その背中は千華の声に反応してぐりんと肩から振り向いた。
「イガもできたのぉー?」
「あっ、恭祐くんかわい〜、ぽいぽい!」
 化粧をせずとも整っていた顔立ちは化粧が重なることで更に迫力を増していて、背丈は大柄ながらもその顔の小ささと整ったパーツに千華は予想以上だと驚きながら恭祐を褒める。
「ちょ、千華ちゃんズルい、俺も恭祐見てえ!」
「ちょっと、俺こそイガ見たいって!はやくはやく!」
 笑いながらも興奮している恭祐は立ち上がって蓮に近づくけれど、いまだ両手で顔を覆っている蓮の表情はおろか概要すら捉えることができず、待ちきれないと地団駄を踏みながら蓮の両腕を邪魔だと叩いていた。
 それを見た千華は楽しそうに蓮の腕をつかんで、自信作だと言わんばかりに掛け声を出す。

「いっくよー、せーのっ!」
「――――」

 そして―――。

「…………」
「…………」

 蓮の腕が千華によって捉えられると、当然露わになる蓮の顔、わくわくとした感情が表に現れ口角が緩みきってしまったのは一瞬、突然目の前に現れた恭祐のメイクがあまりにも自然で違和感が無かったが故に、そんなに似合ってどうするのだと口を大きく広げて大笑いしてしまった。

「ぶっははっはははは!!!」
「か、……かっわいーーーーーーーー!!!!!」

 指を指して笑う蓮と、感動のままに興奮を隠さず蓮を凝視する恭祐。お互いが女性の格好をしているからこそ端から見ればひどくおかしな光景だったけれども、本人たちはお互いを上から下までまじまじと見ながらひたすら笑っているようだった。





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