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* * *


「……けーんご」
「ん?」
 そしてところかわって芸能人の寝室には使い物にならない腑抜けた芸能人と酔っ払いがひとりずつ、前者が風呂にはいるかとの選択肢を提案した途端、珍しくも手招きでベッドへと招かれた。
「ん」
 ぽんぽん、と蓮が掌で叩いた場所と言えば現在その張本人が半分を占拠している枕で、挑発的に健悟を見上げては誘惑するように口角をあげている。
「………積極的なれんくんだいすきー」
 それを見た健悟は、風呂に入ることもご飯を食べることもすべてどうでもいいとでもいうように蓮のもとへ飛び込み、ばふんと大きくベッドを揺らしてきた。
「……うそつけよ」
 車内とは一転してすっかり表情に笑顔が戻った健悟の髪の根元を撫でながら蓮が言うと、健悟はその言い方が癪に障ったのか、ぶすっと頬を膨らませながら否定する。
「うそじゃないし〜」
「ちっげーよ……っつか、まぁ……いいや」
 はあ、と息を吐き出した蓮は諦めるように健悟の鬘を奪ってから、漸く現れた銀色のそれに鼻をうずめる。腕の中に抱きしめる塊には当然温かな体温が宿っていて、明日から逢えない四日間を補給する様にゆっくりと息を吸い込んだ。
 積極的じゃなくても俺のことすきだろ、おまえは、―――そんな調子に乗ったことは胸の奥に隠しながら、幸せそうな健悟の頭を撫でる。まるで、俺だってどんなおまえでも好きなのにと、そんなくだらないことが伝われば良いと願いながら。
「……れーん、」
 頭じゃなくてこっちにと、健悟の髪の毛を撫でていた手を無理矢理取られて、その手の甲に柔らかい感触が押し付けられた。ふにゃりとした温かなそれから舌が伸びることで更に熱を増した部分は、手の甲の一部分だけだった場所から指先、爪の隙間、掌へと段々と範囲を広げていく。
「んー……」
 何の味もしない手指を酷く美味しそうに舐める健悟を見れば酔った頭ではとても卑猥なものに思えてしまって、健悟のもつ自分の指を引っ張ると同時にその銀の髪の毛も引き寄せる。
「いった、」
 根元から引きずった髪の痛みに健悟が眉を顰めることも気にせず、健悟を枕へと押し付けた蓮はその唇めがけて自分の顔を落として、両掌を健悟の頬に預けながらキスを落とす。
 健悟に舐められたせいで濡れている右手をわざとらしく健悟の頬へと擦り付けながら、その口を開くようにと健悟の唇の隙間に指を差し入れれば、健悟は考えるヒマなくその蓮の指を受け入れ、あ、と緩く唇を開いていた。
「、ん、」
 蓮が舌を這わせているのは健悟の咥内に挿れた自分の指なのか、健悟から差し出される舌なのか、どちらを舐めているにしろ健悟の理性の紐を簡単に切ってしまう行為に変わりはなく、すぐ目の前にある酔っ払いの眼がとろんと焦点の外れていることを確認してから、ごめんと、健悟は小さく呟いて蓮の頭を枕に押し付けた。
「……ちょっと大人しくしててね?」
 すっかり体勢が反転したいつもの視界、意識が朦朧としているらしい酔っ払いは咥内までもが酒の味がしたけれど、だからこそこうしてくっついて来てくれるのだとおもえばその可愛さに怒ることすらできそうにない、蓮の頭を枕に押し付けても猶彼の手は自分の首へと回されていて、唇だけでなく頬まで噛まれそうな勢いは酷く珍しいものだからだ。
「どしたの、サービスよすぎだよー」
 可愛すぎてどうしてくれよう、と蓮の鼻に自分のそれをくっつけて、ぶにぶにと押し付けていると、ぺろり、隙を狙うかのように上唇を舐められる。
「っかたねぇだろ……」
「ん?」
「……おまえがへこんでっから、だろー」
「、」
 はっきりとしていないだろう眼差しで見つめられれば明日このことを覚えているか確信は持てなかったけれど、こんな眼をして、こんなに顔を赤くして、こんなに強い腕の力を、振り払えるはずがない。
「へこんでる、ちょーーーへこんでる!」
「うっそくせ……」
 現金にも一瞬だけ元気になってしまったけれど、ふいと眼を逸らした蓮に気付いた健悟ははっと意識を取り戻すように蓮の表情を覗き込む。
「……ほんとほんと、ちょうほんと、……だってあしたから蓮が居ないとか聞いてないよー……なんでそんなさぁー、突然さぁー、もーーーー!」
 ばか!とわざとらしく目を瞑って言い切ると、甘えたそれに気付いたらしい蓮は小さく溜息を吐いて、ぐいっと健悟の首に回っている自分の腕を引き寄せた。
「だから、わりーって……言ってんじゃん」
 必然的に顔が近くなるのは勿論のこと、語尾が消えそうになると同時に健悟の唇に新たな体温が宿るものだから、ちゅう、と微かに音がする軽いそれを受けた途端、かっと身体の奥が熱く火照ったことが自分でもわかった。
「…………もー、だめ。遠慮なく」
 据え膳食わぬは男の恥、そんなフレーズがちらりと頭に浮かんでは消えていく、そんな言葉はどうでもいい、いまはただ、目の前に居るこの可愛い存在をどうしてくれようかと、そんなことしか考えられないからだ。
「れーん」
 呼べば視線が重なるけれどその応答が声になることはなかった、透き通った黒眼が恍惚と見上げてくるだけで優越感が膨らんでしまい、その目玉まで舐めてやりたいと思いながら、こっそり蓮の睫にキスをする。かさり、睫が揺れて少しだけ濡れた感触を楽しみながら、距離をとって蓮の顔をのぞきこむ。
「眼。離しちゃダメね」
「、マジで」
「マジで!」
 不服そうな顔をする蓮にずいっと近寄って咎めれば、一応罪悪感と羞恥心は捨て切れていないらしい、若干困ったような顔をしてから溜息をつかれてしまった。
「だーめ」
 だからこそ、その両頬をぶにっと押しながら上目で覗き込む。
「れん、眼。閉じないで、逸らさないで。俺だけ見てて、ね?」
 営業全開の表情で覗き込めば案の定蓮が観念することは分かり切っていた。
 ずっと自分を見つめてくるその表情は何千人もの観衆よりも断然心臓の奥を熱くさせてくれるもの、たかが四日、されど四日、明日からは手中にある体温が消えるのかと思うだけで淋しく、人避けの意味を込めたキスを鎖骨へと落とした。
 ガジガジと咬みながら跡を付ければ自然と噛み跡の周囲は赤くなる、人除けとは即ちキスマークのことだったけれど、健悟はその赤い部分を目に入れただけでひどく興奮するかのように蓮の瞳を挑発的に覗き込んだ。
「蓮。明日何時に出てくの?今日と一緒?」
「……いっしょ、じゃね……一時間くれぇはえぇよ……」
「……オッケー」
 少し間が開いた理由は、遅刻したら行かなくて良いのかなぁだなんて不謹慎なことを思ってしまったから、でもそんなことしたら口をきいて貰えなくなりそうだと想像するだけで悲しくなってしまったので、とりあえずは今手元にある体温に目一杯縋り付くことにする。
「れんー、ごめんね?寝るの、……明日の新幹線の中にしてね?」
「って、」
 言うと同時、ぎゅうう、と唇を押し付けたのは蓮の心臓の上にある皮膚、酒のせいか行為のせいかいつもよりも幾分早い鼓動の音に安心しつつ、きっちりと印がついたことを確認した。
 傷一つないきれいな身体に咲く赤い花、次はどこにしようかと考えるだけで健悟の理性の箍は容易に外れ、自分色に染まって行く身体に恍惚としながら、ゆっくりと舌を落としていった。



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あきゅろす。
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