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* * *



「、……ねっむ…………」
ふぁ、とつい大口を開けてしまうのは紛れもない昨夜の健悟のせい、慣れた行為だというのに起き抜け腰が痛いのは久しぶりで、殆ど覚えていない昨夜を呪うことしかできなかった。
朝起きればすっかりスウェットに着替えて寝ていた自分は、しっかり風呂にも入らされていたらしい、目が覚めた瞬間に目前の綺麗な顔からその事実を嬉しそうに報告されて、昨晩の記憶を必死に探り寄せたが何の情報も得られなかった。
定まらぬ記憶の中、話を変えるかの如く健悟から手渡されたのは見たこともないバッグに纏められた手荷物の塊、それが全く用意していなかったレクレーションの準備だと不服そうな顔で告げられたときは、あまりの意外な出来事につい眼を丸くしてしまった。
「……昨日はごめんね?」と纏わりついてくる身体に呆れつつ、これでチャラだと荷物を受け取れば、未だ痛む腰を労わりながら、離れ難いとでも言うように朝からぎゅうと抱き着かれてしまった。
「――――はいっ!しゃきしゃき動く〜〜!」
「……うあ゛−」
朝っぱらから絆されてしまった出来事を思い出し、もういっそ寝てしまいたくなるような朝陽の中、動くのも怠いと嫌がる蓮をぐいぐいと引っ張る恭祐に連れて行かれる先は、大学生の群れの中。
男女比率は四対四、当たり前のように蓮の隣に居る恭祐は昨日の酒など残っていないかのように元気で、面子の揃った班員に適当に挨拶しては蓮と一緒に新幹線へと乗り込んでいく。
本格的なレクレーションは明日からという合宿1日目、軽井沢に向かう新幹線の席順は自由になっていて、誰かに誘われる前にと恭祐は蓮を呼んでいた。
「イガぁー、荷物ここ入れるー?」
「あ、さんきゅ」
荷物棚に手を預けなから蓮に問う恭祐は、言われるより先に蓮へと手を伸ばしていた。女子から送られる恭祐に向けての痛いくらいの視線に見ないふりをしながら、然り気無く誘導された窓側で蓮は見慣れぬ町並みを眺めていた。
クラスメイトで埋まった新幹線が発車すれば、周囲の騒音にも負けない騒ぎ声がざわざわと車両を支配する。
携帯を片手にその騒音をすり抜ける蓮といえばその端末の先が健悟と繋がっていて、周囲など関係ないとでも言うようにポチポチと携帯で文字をうっていた。
けれども新幹線が加速すればするほど基地局から遠のいているのか三本あった電波が震えだし、二本、一本と段々電波が減っていく。ついに電波が零本になってからはメールも送れなくなって、ただのゴミと化した携帯電話に舌打ちすることしか出来ない。
一向に電波が入らない端末を無駄にぶんぶんと振り回せば、ついつい溜め息すら漏れてしまう。
「……っべぇー……」
「メール?」
「あー、そう。電波なくてぜんっぜん送れねー……」
端末を横に振っても縦に振っても、身を乗り出して場所を移動しても変わらず未送信にしかならないメール、もう無理かと諦めて携帯をポケットへと仕舞いながらも、たかがメールといっていれないプレッシャーを感じてしまう。
「彼女?」
「そー」
軽い調子で聞いてくる恭祐に同意すると、ふうん、と相槌を打たれたのち、緩やかに会話が進んでいく。
「彼女何か月目なの〜?」
「えーどんくれぇだろ、高二の九月だから……一年半オーバーくらい?」
「えっ」
「え?」
指折り折って数えた蓮に動きを止めて反応した恭祐はあからさまに眼を大きく開いて、うっそぉ、とぽつり呟いた。
「えーっ、ちょぉー意外、イガすごいチャラそうなのにぃ〜」
「ねぇし。超一途だし」
笑いながらからかってくる恭祐の調子に気付いた蓮も、笑いながら言い切る。
この電話の先に居る張本人の前では決して言わない言葉に、自分でも言いながらつい笑ってしまったけれど、恭祐が健悟を知らないからこそこうして簡単に受け流せるのだと思う。相手を知ってる武人相手には、こんな言い方も話もしたことがない。
「どんな人なの??」
「えー……どんな人っつーか……うーん、……なんか、とにかくスゲェよ。どんだけ追っかけてもぜってー追いつかねぇみてぇなね、すっげーヤツっすよ?」
自然と笑みを浮かべながら、あえて人物像をぼやかしながら恭祐の質問に答えた。
健悟が居るところでは絶対に出て来ないだろう解答に自分が一番驚きながら口にすると、冷やかすかと思われた恭祐はぽつり、感傷を込めるように呟いた。
「……ふーん、いいなぁー」
「いいなって」
低く本気のような返答に、蓮がふっと鼻で笑いつけると、だってー、と言いながら恭祐は背もたれに寄り掛かってしまった。
「おまえは? 居ねえの?」
「いなぁ〜い」
大きな口を開いて投げやりに答えるそれは、まるで興味がないと言っているようにも見えて、蓮はそれ以上質問せず「勿体ない」とだけ心の中に留めることにした。
「一年半かぁー。飽きないのー?」
「飽きるって……ねぇよ。元々……っつか先月まで? 遠距離だったし、今とかめっちゃ逢ってて吃驚するくれーだもん」
諦めきれずに取りだした携帯をぶんぶんと軽く振ってもやはり電波は変わらない、終いには圏外の表示に切り替わったそれを見て、蓮はようやく観念したように携帯を折りたたむ。
「ふーん。ラブラブなんだねー」
「、らっ」
聴き慣れぬ響きに蓮が過剰反応しながら恭祐の方を向くと、恭祐は何をそんなに慌てているのかと、蓮の不自然な様子に首を傾げているようだった。
「……えー……、…………おー」
何食わぬ顔をしている恭祐を見れば自分の反応が過敏すぎるのかと悟った蓮は誤魔化すように頷いたけれど、当人を思い出すことで少しだけ赤くなってしまった頬は否めない。
「うわ照れてる?イガ照れてるのー!???」
「照っ、れてねぇよっ! うるせえっ!」
その表情を見逃すことのない恭祐が鋭く蓮の顔を覗き込んで来るものだから、好奇心の塊でしかないそのふわふわな頭を、うっせえ、と強く叩いてやることしかできなかった。






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