16
* * *


 ―――武人の引っ越しから早数日、大学が始まるまではあと十日間というカウントダウンが始まる日のことだった。

 知らぬ土地で蓮が一緒に遊びに行く相手は決まって武人、相変わらず撮影で忙しい健悟とは頻繁にメールで連絡は取っているけれど、ふたりでどこかに出掛けたり、ということはまずなかった。
 健悟の仕事は想像以上に忙しく夜すら帰って来れない日もざらにある、今迄そんな合間を縫って実家まで訪ねて来てくれていたのかと此処に来て漸く吃驚したほどだ。
 そんなときは決まって武人が家まで遊びに尋ねて来るけれど、結局はどこに居ても変わりはない、ただ遊ぶ場所が平野のサッカーになったか渋谷で買い物になったか、今のところはその程度のものだった。
 健悟の家には、PS2や64など蓮の家にある家庭用ゲーム機器は一通り揃えられていて、初めて武人がこの家に遊びに来た際、新品のそれらに死ぬほどドン引きされたことだけは覚えている。
 今日も今日とて武人が固まっているのは壁一面と言っても語弊はない大きすぎるハイビジョンテレビの目の前で、テレビ下の引き出しからそれを取りだしては訝しげな視線を終始蓮へと送ってきていたのだった。
「…………蓮ちゃんさぁ、ヒモって言葉知ってる?」
「………………」
 呆れるように言い放った武人が手に持っているのはPS3のコントローラーひとつだけ、実家に居るときとはまた違った限定バージョンのそれに武人が目聡く気付いては、まさかと蓮に問い質している真っ最中だった。
「………………はぁ」
「……ちっげーよ、この家来たらあいつが持ってたんだよ、……たまたま!」
 目を細め、うわぁ……、とでも言いたげに後ずさった武人、その服の裾を掴んだ蓮が語尾を強調するも、結局全くの嘘でしかない。
 武人の視線の先に在る一式のセットなど、本当のところ、先日仕事から帰って来た健悟が「お土産〜」と軽いテンションで買ってきた巨大な箱の正体でしかなかったからだ。あのとき、大きな箱に蓮が眉根を寄せると、健悟は「俺が居ないときヒマだろうから〜」と嬉々として箱を開けるよう促してきていた。
 健悟は、仕事の度にゲームやケーキ、果物などそんな暇がどこにあるのかというほど何かを持って帰ってくる。無駄遣いはやめろと言っても聞かない健悟には文字通り餌付けをされている、とは常日頃思っていたことだけれども、武人から何よりも的確な表現をされた気がして、蓮はうっと喉を詰まらせた。
「たまたま?」
「……たまたま。ぐうぜん。」
「……する? あの人が? 家で? 一人でゲーム??」
 武人は冷ややかな瞳で蓮を捉えてから、胡散臭そうにPS3の電源を点けてメモリーカードを逸早く確認しているようだった。
「はい、ロードゲームナシね。」
 そして、分かりきった結果とでも言うようにコントローラーを動かして、データひとつない真っ新なプロパティ画面を指差す。
 観念しろとでもいうように呆れた武人が溜息を吐けば、蓮は我慢ならないと言った表情でふるふると震えながら頭を抱えている。
「………………だっから、俺は無駄遣いすんなって、何度もッ……!」
 チッと舌打ちをすれば脳裏に浮かぶ情景といえば帰る度に何かしらのお土産を持ってくる健悟、金を使うなと何度言っても聞かない相手を思い出しては呆れ返ることしかできなかった。
「―――ま。俺は良いけどね、ここなんでもあるし」
「……てめぇ」
 そのままああだこうだと喧嘩しながらゲームを進めていれば本当にいつの間にか夜になっていて、今日は健悟が帰って来ないから、と武人が泊まり続ける日も増えていく。渋谷に出掛けて新宿に出掛けて家に帰ってゲームをして、空き時間という学生ならではの無駄時間をたっぷり楽しんでいた、そんなとき―――ガチャリとドアが開いて、今日は帰れないだろうと言っていた健悟が帰って来たのだった。
「あれ?」
「………………」
 リビングを見た途端に溜息を吐く健悟の傍ら、蓮はコントローラーを握りながら首を傾げていて、その瞬間に隙をついてゴールした武人がひとりガッツポーズをとっていた。
「っしゃーー!」
「あーーーーーっ! てっめぇ!!!」
 そしてボカスカと殴り合いと詰り合いを始める二人はどこからどう見ても仲が良く、一仕事終えて疲れ切って帰ってきたあとに見る光景ではない、と健悟はひとり改めて溜息を吐く。
 いつの間にか増えている武人の私物を視界の端に捉えると、どうやら泊まっていたことが一日二日ではないだろうと容易に予測できたからこそ、健悟は利佳の如くプレイ中のゲームを電源から落としてやりたい気持ちを初めて味わうことができたのだった。
「……来ればとは言ったけどさぁ、毎日来いとか言ってないんスけど」
 ぽつりと低い声で言えば武人よりも蓮の方が冷や汗を垂らしていて、健悟は腰を曲げて武人の荷物を拾ってから、ゆっくりと眼を細めながら微笑んだ。
「―――出てってもらえます? タクシー呼ぶんで」
 そして、おまえはこっち、とでも言いたげに蓮をソファへと投げて、当然のように置いてある武人のスウェットを抓みながら冗談とも本気とも取れぬ声を出す。
「……なにこれゴミ? 捨てて良い?」
「てめっ!」
 冷ややかな視線に蓮が立ち上がって抗議すると、それには健悟こそがカチンときたのか、蓮の眼の前で焦燥も見せずに「じゃあ」と言葉を続けていく。
「あのねぇ。俺がこの家で同じことしててもそう言えんの、おまえ?」
「、」
 蓮が居る家に毎日無断で友人を連れて来ては自分を放置して遊んだり、毎日蓮を放っておいて誰かと遊びに行く健悟を想像することはできなかったけれど、実際問題その姿を突き付けられればどう考えたって落ち込む自分が見えてしまったからこそ、蓮はぐっと溜飲を下げて俯いた。
「………………わぁーったよ、気を付ける」
 けれども唇を尖らせる蓮の雰囲気に水をさしたのは紛れもない幼馴染で、またもや目を細めながらハッと鼻で笑いつける。
「うわ、言えねぇんだ」
「…………」
「った、」
 ドン引きしたように目元を引き攣らせた武人を、蓮が軽く殴りつけて舌打ちをお見舞いすれば、その張本人は不満そうな顔をしながらもこの二人ならば仕方ないかと半ば諦めているようだった。
「じゃあ良いや、たまには帰りますよ」
「たまにはって……ちょっと。こいつどんだけこの家に居たわけ?」
「、んー……?」
 撮影期間で健悟が帰っていない間はずっと居座っていた武人、その存在を誤魔化すかの如く蓮が有耶無耶に首を傾けると、武人はその様子を横目に見ては、わざとらしく「あ、」と呟いた。
「ねぇ蓮ちゃん。今日は帰るけどさ、明日は1時に駅だかんね、忘れないでよ?」
「? は? あたりまえじゃん、」
 さっき決めたばっかだろ、とは言わずに蓮が軽く了承すると、それに対して一気に眉間に皺を寄せたのは健悟で、まるで壁をも殴りたそうな顔で蓮を睨んでいる。
「…………また遊ぶの?」
「、あ」
 先程言った意味が全然分かっていない、懲りていないとばかりに健悟が不満を申し立てると、蓮はしまったとでも言いたげに責任転嫁を試みる。
「てっめぇ武人……!」
「あははっ」
 すっかり怒気色を孕んだ健悟を指さして笑う武人はすっかり揶揄っているようで、一々突っ掛っては感情を露わにしていく健悟の対応を随分と楽しんでいるようだった。
 まったくもって趣味が悪いと蓮が溜息を吐いても健悟の曇った顔色は取り戻せない。
 笑い声が玄関から消えたあとにはすっかり唇を尖らせる健悟しかリビングには残らず、どっちが子供だか分からないと呆れ返る蓮が、仕方ないと云わんばかりに健悟の機嫌をとることしかできなかった。



16/60ページ

[戻る]


第3回BLove小説漫画コンテスト開催中
無料HPエムペ!