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「し、死にたい……!!!」
 うおおおおお、と頭を抱えてしまうことも仕方がない、ここ数日楽しそうに探りを入れてきていた睦の意味がようやく分かったような気がして、羞恥を感じた瞬間に身体中から火が吹き荒れそうだった。
「え、ダメ、今一緒に生きてくって決めたばっかじゃん」
 けれども動揺している蓮の真上で健悟は平然と表情を崩していて、すっかり蕩けてしまっているその表情は確かに見たかったもののはずなのに、今ではぶん殴りたいと根底から想ってしまうものでしかなかった。
「うわきも。マジキモいんですけど」
 ハンと鼻で笑った利佳がぽつりと呟く。
「……ちょっとおまえ黙ってて」
 張本人の意見を聞けば余計に混乱してしまいそうで、蓮は健悟にマテと牽制した後にゆっくりと頭を抱えだした。
「……なにそれ、俺……そんな眼で見られてたわけ? ずっと? マジで……え……ちょ、ほんと……えっ……」
 混乱すればするほど、今まで確かにあった家族間の会話すらも裏側に何かが生じていたらしいと知り、急激に恥ずかしくなってきた。だって健悟が此処に来たとき、そういう目で見られていたということだ。健悟と話していたとき、東京に帰るとき、一喜一憂している自分を見てはその姿を影で笑っていたに違いない、そういう奴らだ、こいつらは。
「良いじゃん、纏まったんだから」
「良くねえよ!!!」
 男なら前を見ろ、とどうでもよさそうに投げた利佳に叫び付けると、次の瞬間、あ、と何かを思い出すように話しかけてくる。
「兄ちゃんにも報告しときなさい、心配してたから」
「するはずねえだろっっ!!!」
 ばっかじゃねえの! と頭を抱えてその場にへたり込むと、何を想っているのか、満更でもなさそうな声音、通常よりも弾んでいるらしい様子は顔を見ずとも受信できて、振り返ることすら嫌になる。
「俺しとこうか?」
「ふざけんな、つか引っ付くな……」
 報告しとくよ、かわりに。と嬉々とした様子で微笑まれて上から抱き着かれそうになったからこそ、蓮は肩から下がってくる腕を押し返して顔を掌で覆った。
「……ちょっと……おまえとのこと色々考え直したいレベルだわ……」
「えっ!」
 はぁァ、と溜息を吐いたところで、なんで!と詰め寄られては意味がない、自分で告げるよりも先にその過程すら、そのすべてを親から兄弟から見られていただなんて、耐えられることではない。
 まるで、結婚を前提に付き合いたいですと本人が伝える間も無く親に伝わっていたような状況、そんな深い意味があるのかどうかすらは分からない、本当に今こうしていることすら意味が分かりかねているのに、好きだと本人に伝えた直後、家族全員にまで知られていただなんて、本当に、耐えられることではない。
「……おい、ほんと……おれ今まで彼女とか紹介したことすら無ぇんだぞ……」
 マジかよ、とダメージを受けたままに膝についた腕に額を凭れ掛けると、利佳が更なる爆弾と言わんばかりに投下を続けてくる。
「大丈夫よ、あたしが写真見せたりしてたから」
「!」
 ガタッと顔を上げてしまったのは心当たりがあったから、一緒に帰ったり学校で一緒にお昼を食べたり、そんな些細なところを利佳が悪戯混じりに写真に収めてきていた回数は片手の指で数えられるものではなく、この瞬間一気に蟠りが消えたような気がしていた。
 そうか、あれは、親に……もとい健悟に見せるためだった、のかよ……!
「あんた知らないでしょ、その度にお母さんが健悟に相談してたの」
「……うわぁああああ!!!」
 やめろ! とでも言うように蓮が利佳の口を抑えると、今更言うも言わないも関係ないとでも言うように溜息を吐かれてしまった。
「マジで知りたくなかった……」
「あのねぇ、今だけよ。数年後には健悟に感謝してるでしょ」
「んな先のこと知るかよ……」
 がく、と確かに落ちたのは蓮の肩、羞恥で死にたいと呟けば、健悟はその姿すらも可愛いとでも言うように頭を撫でてくるものだから呆れて言葉も発せない。
 もとはと言えばお前のせいだろう、と蓮が後ろを振り向くと、その瞬間―――……階段の下から、複数の女性の声が響いて来た。
「―――!?」
 なぜ、と思ったけれど答えはひとつしかない、試写会の最後に出てきたあのビデオレター、健悟が星が綺麗だと言っていた展望台をミーハー精神に忠実に眺めに来たのだろう。いつもと変わらない展望台ですら健悟が来たというだけでこの有様、おまえのせいだと目線で訴えると、ごめんと苦笑しながら頭を撫でられてしまった。
 悪気のない態度に、それよりもどうすれば良いか考えろと蓮が焦っている、と―――。
「こっち。」
 利佳が蓮の手を引いては、階段とは真逆の位置に向かって歩いていく。
 目の前にあるのは林一色、木ばかりが立ち並ぶ方向に向かう利佳を見て、なんでそっちに、と蓮が止まりそうになったけれど、後ろを振り向けば健悟が大丈夫だとでも言いたげに笑うものだから、文句を飲みこんで先へと進んでいくことしかできなかった。
「この先右曲がるから。」
「――――」
 同じような木が立ち並んでいる場所だというのに、利佳はすべてその道を把握しているかのように先を進めていく。
 小さい頃から住んでいるのは自分も同じだというのに、こんな裏道はまったく知らなかった。
「……なんでこんなトコ知ってんだよ?」
「龍兄に教えてもらったのよ」
「…………」
 訊けばすぐさま返ってくる返答、たかが裏道ひとつだけ、些細な秘密だけれども、確かに存在していた龍二と利佳の秘密に少しだけ不思議な気持ちに陥った。
 自分と健悟のことだって、自分は何一つとして知らされていなかった。この秘密とまったく一緒、自分がまだまだ知らなかったこと、この二人の秘密事は、まだ存在するのだろうか。
 そう思うと、少し寂しくなると同時に、十年間も引きずっていたらしい秘密の扉が開錠されたことは二人にもまた近づけた気がして、少しだけ嬉しくなってしまうこともまた、事実だった。
 なんでも話せる間柄だと思っていたのに、まだまだ知らないことがあるのだろうか。そう思えば思うほど、健悟との関係だけではない、利佳と龍二たちのそれですら、ここからが新たな始まりのようにも思えて、利佳の背中を見ては何かむず痒い衝動が身体の中に蠢いていた。







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