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「…………」
「…………」
 無言で見つめ合う中で、黒と灰色の双眸が絡み合う。お互いに一段と大きくなっている相手の双眸を覗いては、信じられないと、整理できないと、想いを口にすることもできずにぴたりと静止することしかできなかった。
 え、という一文字だけが犇めき合う蓮の脳内、だって、あの時の健悟は、利佳に好きだと告げていた。そしてそれを、自分に、撮影が終わる前に、自分に言うはずだったと、今の内容を必死に整理すれば、自分に都合の良い脳内ではそういう解釈しかできそうになかった。

“ほんとにさ、何年経ってもずっと変わらねぇんだもん。こっちが困るって。……好きだよ、スゲェすき”

 懇願するように囁かれた台詞、語尾すら蕩ける匂いのしたあの台詞、健悟の顔は見えずとも、あれは、聴いただけで溶けてしまいそうなほどに温度の高い台詞だった。
 利佳に届いた「すき」と云う言葉、あんなにも甘さを孕んだ声が本当ならば自分に届くものだったのかと思えば段々と頭に熱が上ってきて、蓮は両頬を隠すように右掌で覆ったけれども、肝心な赤い耳は金髪から顔を出し、これでもかというほどの自己主張を続けているようだった。
「……あー、あれ? ……え? ちょっと、ねぇ、なんで顔赤いのおまえ」
「……は? 赤くねぇし、」
 それに目敏く気付いた健悟が顔を覆う掌をどかそうと腕を伸ばしてきたけれど、蓮は明らかに意識を含んでその手を跳ね除けてしまった。
「、」
 けれどもそれは夏休み以前のように負の感情を持っているわけではないということは空気で明らかで、一向に目を合わせない蓮の様子に、金色から覗く真っ赤な耳に確信を持ちながら、一歩ずつ確実に健悟は距離を詰めていく。
「……ちょっとちょっと、何その反応。ちょっと、どういうこと? 俺が利佳のこと好きだって聞いてなんでそれをおまえが根に持つの? なんでそんな顔赤いの? ねぇ、おいって」
 ぐいっと蓮の肩を引けば予想以上に距離は近くなるけれど、それでも目を合わせない蓮は一向に俯いたままだった。
「、うぜぇ、尋問すんな」
「するよ! おまえが訊くなっつっても徹底的に訊いてやるっつの!」
 投げ捨てられた蓮の声を聴いても猶、かつてないまでに、期待と云う二文字が健悟の脳内を支配した。
 火照りきった蓮の表情が全てを伝えているとでもいうような現状は一見すれば激しい誤解を生むもので、その誤解があっているようにと心から願うことしかできない。
 願いを乞うように、期待が期待で終わらないように、ぐっと唇を噛み締めた健悟が蓮の肩に手をかける。
「…………いま、俺がどんだけ期待してっか分かってんの、おまえ」
「っ、」
 そして、本音を吐露しながら手に力を込めれば、本当にゆっくりと、少しずつ、それでもきちんと蓮の視線があがり始めた。
 どくどくと煩い心臓とは正反対とでもいうように目の前の光景がスローモーションのようにすら見えてくる。まさか、で埋まる脳内、正しい判断もできずに蓮を見つめると、ようやく、バチンと音がしそうなほどに視線が絡み合う。
「…………」
「…………」
 けれどもようやく出会えた蓮の顔は赤そのもので、余裕のない素の表情が窺えた。何かに縋るように顰められた眉と、尖った唇、加えて赤い頬が困惑を示しているようで、ごくりと健悟の喉が鳴ってからこれはまずいと勝手に視線を逸らしてしまうことも仕方のないことだった。
「あー……ちょーっとまて、おまえなにそれ、ねぇ、この空気なに、ちゅーされちゃっても仕方ないよこれ、ははっ……」
「………………すれば」
「!?」
 ぼそりと投げやりに呟かれた一言に大きく反応したのは勿論健悟で、蓮の赤い顔と言葉を意識しては健悟の方までもがかっと頬を赤くしてしまった。
「そんな子じゃなかったでしょ!」
「だからおめーだったらいーっつってんだろ!」
 売り言葉に買い言葉、とでも言うように放たれた台詞はやけくそ雑じりで、健悟はその言葉を聴いてぐっと動きを止めてしまった。
「…………」
「……止まるし」
 はぁ、と溜息を吐いたのは蓮で、自分でも何を言っているのかも分からずガリッと頭を掻いた。
「……、……え、えっ?」
「…………」
 狼狽する健悟を片目に見ては、本当に自分は何を言っているのかと頭を抱えたけれど、期待が膨張しては勝手に胸の内を紡いでしまったこともまた事実だった。この変な雰囲気の、期待の、勢いの、せいだ。
 言いたいこともまとまらない、もっとちゃんと言いたかったのに、もっと恰好良く言いたかったのに、ぐるぐるまわる頭で何を考えていいのかもわからない。
 つか、……あれ、もしかして俺、好きだっつっちゃってる? キスしていーってことは好きだってことじゃねーの? マジでちゃんと本人に言おうと思ってたのに、目の前にしたらやっぱむりだってこれ、……いやでも最後っつってた、あれ、でもそれは俺が拒否するから最後な訳で……、
「つか……、なに、ってことは、」
 ぽつり、蓮が小さく口をあけると、健悟は口元に手を当てながらもきっちりと耳を傾ける。
「じゃあ、お……俺が、良いっつったら、おまえはずっと此処居れんの……?」
「…………はっ!?」
 そして、今度こそは眼を見開いて驚きを露わにした健悟に、つい吐き出してしまった発言を思い直して、蓮はぶんぶんと大きく首を横に振った。
「……や!! う、うそ、なんでもねぇ、むりだよなわかってる、わすれろ!」
「、忘れるわけないでしょ!」
 ガッと蓮の腕を掴んだのは健悟、首を振って発言を撤回しようとしている蓮の腕を掴んで、眉を顰めながら問い質す。
「……ねぇ、ちょっと待ってよ、俺嫌われてんじゃねぇの? なんでそんな顔してんなこと言うの? 俺が居ていいの? ねぇ、なにそれ?」
「おま、ばっか! ……だから言ってんじゃん、嫌ってなんか……ねぇよ」
「だってずっと余所余所しかったじゃん、最後ずっと! だから俺は、俺が蓮のこと好きなのバレてんのかと思って、そんで避けられてんのかと――……」
「…………」
 蓮の腕を掴む力が一層強まっては、口走った言葉を理解した健悟がはっと身体を揺らしてその手を離した。
「え? あ、! やっ、」
 そして、ぐにゃり、蓮の顔が歪んでは、遠くなった健悟の温もりを意識しては再び視界がぼやけそうになってしまった。
「おま、いま……んだよ、それ……泣く」
「……ごめん」
「ごめんじゃねぇよ!」
「蓮……?」
 健悟の視界に映るのは風に揺れる金色の髪と、微かに震える蓮の指先。その指がぎゅっと握られたことを健悟が確認すると、その後爪先でガツンと脹脛を蹴られた。
「……っだよ、おれが、おまえを拒否ったのは、お前が嫌いになったからなんかじゃねぇっつの」
「え、」
「おまえが、利佳のもんだって、思って……それで、」
「だからそれはっ、」
「分かったっつの! ……でも、それ以上に、こんなん思うの駄目だって、おれが……オレが何も無いから、おまえなんかといちゃいけないって、こんなんキメェって、だから、自分から離れて……」
「……え? ちょ、なにそれ、聞いてないよっ」
「たりめーだろ、んな格好悪ィこと言えっかよ」
 チッと舌打ちをした蓮が気まずそうに髪の毛を掻くと、諦めたように小さな声を出す。
「……今だって、もう逢えねぇかもしんねぇから言ってんだ。」
 ずび、と小さく鼻を啜る音が響けば、健悟はぽかんと口を開いて唖然としたけれど、その表情を覗き込むように見た蓮はさらに言葉を続けていく。
「おまえは、さっき、最後とか言った、けど……でも、俺は、……つか、俺だって、……今日を最後にしたくないんだってば」
 情けないことを言っている自覚があるらしい、蓮はクッソ、と小さく呟いては赤い耳を隠すように金の髪を掴んだ。




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