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「つかマジで、なんでいきなり避けてんの?」
「…………」
 形の良い唇が言葉を紡ぎ、鋭い眼光を持って睨まれる。
 明らかに憤怒の見えるそれが恐くて視線を逸らしてしまったことは、答えずとも肯定を表しており、健悟からは「ふーん」と意味有り気に納得されてしまった。
 それでも無言を突き進んでいると、じゃあ、と話を転換するような言葉が投げかけられた。
「良いよ、言ってみ、なんでも。――話し合おうよ」
「…………」

 ――話し合う?

 ……話してどうなるものだったら、とっくに話してる。
 解決するような答えの見付かる問題だったら、とっくに相談してる。
 そのくらいには、信用していた、……俺は。
 何と言って良いか適切な表現が見付からない。何を言っても追求されるような空気に負けて、蓮は再び健悟から視線を逸らしていた。そして一向に話し合いの姿勢すら見せない蓮を説得するべく、健悟からは、ぺちぺち、と軽く頬を叩かれる。
「……なんかしたなら謝る。違うんだったら助ける。俺に出来ることなら、なんでもしてあげるから」
「……」
 頬に振動が走る行為とは裏腹に、囁いてくるのはやけに真面目な声音だった。
 低い声に触発され、ふいに、蓮の頭に思い浮かんだことがある。
 いま、一番しなくてはいけないこと。

 なのに、できないこと。

「、なんでも……?」
「うん、なんでも」

 健悟に、してほしいこと。
 なんでも?

 甘い誘惑に負ける自分を自覚しながら、ふと、頭に浮かんだこと、は――。

「んなこと、……簡単に言ってんじゃねぇよっ」

「ったぁー……」
 頬にある左手を離すのではなく、その伸びた腕ごと振り払った。予想外の攻撃に怯んでくれた御蔭かあっさりと頬に拡がる熱は消え、自分の手の甲だけに痛みが走る。
 ――そんな確信もないこと、できもしないこと、なんでそんな簡単に言えるんだよ。
 してほしいことなんて、そんなの決まってる。
 利佳みたいにすきだって言えとか、ばっかみてーに抱きつくの許して欲しいとか、なんでもいーから触りたいとか、できもしない、くだらないことばかりだ。
 いま、健悟にしてほしいことなんて死ぬほどある。できないことばっかり、したら駄目なことばっかり、欲望に忠実になればそれこそ無限に出て来る。
 言いたいのに、して欲しいのに、そんなことできないと打ち消すことで段々と胸中に黒い靄が沈殿して行く。
 だって、俺が、今しなきゃなんないこと――やらなくちゃいけないこと、は。

「……んなこと、言ってさ……俺が、」

 語尾が震えた。
 言いたくもないのに、言えば叶えてくれるなら。自分ではできないけれど、こいつがしてくれるなら。
 そんな弱い甘えが、一瞬、頭の中を過ぎってしまった。
「うん。」
「、」
 それなのに、こんなときに限って優しい頷きは、今までのように何もかも許容してくれているようで泣きたくなる。
 理不尽に手を払ったことを怒るんじゃなくて、話を待っていてくれる寛大さに、なんでおまえは、と泣きたくなる。
 だからこそ、真っ直ぐに注がれる視線を直視することなんて出来なくて、俯きながら、ぼそぼそと小さく呟いていく。

「……おれが、おまえと、……離れたいっつったら……どうすんだよ、」

 まるでシーツに話し掛けているような、聞き取りにくい掠れた声になった。本当に自分が言ったのかと疑うほどに、勝手に言葉を紡いでしまったからだ。
 良い悪いの判断もつかなかった、視界がぼうっとして、焦点が合ってないままの言葉が、届いているかは分からない。
 そのくせまるで試すような言い方になってしまって、話し合いでもお願いでも何でもなかったと後から思った。

 だって、ただのエゴだ、これは。






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