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「つっかれたー……」
 そしてそれから数十分後、蓮が緑の芝生に背中を預けると、夏特有の煌々とした陽射しが容赦無く攻撃して来る。
 寝不足の頭を刺激する針のような光に後押しされながら、動き回り棒になった脚を投げ出して胸の上下を繰り返していた。
 そして、Tシャツの背面から伝わるツンとした根草の心地良さに酔っていると、同様にもう脚が動かないとばかりに蓮の腹の上へと頭を倒れ込ませて来る姿があった。
「あっちぃわボケ」
「え〜」
 腹に掛かる重みを払い除け、べりっと地面に転がせると、ごろんと蓮の脇に転がった羽生はへにゃりと緩い笑みを見せる。
「……おめーガチでやりすぎだっつの」
「えぇー、勝負はいつでも勝たなきゃ楽しくないじゃーん」
 きゃっきゃと笑う羽生越しに見る青空は酷く彼に似合っていて、そりゃそーだけどよ、と蓮は拗ねたように唇を尖らせた。
 すると、突如頭上に陰が落ち、視線を返れば所詮はヤンキー座りで蓮を見下ろす坊主頭が居る。
「おまえらのオゴリな」
 にやりと厭らしく上がった口角は言わずもがな今すぐコンビニに行けと語っていて、たかが一点差の勝負に明暗がはっきりと別れた地位を知った。
「……奢りな」
 もう動けないとばかりに蓮が武人を指差すと、真上の絶妙なポジションからデコピンが落ちてくる。
「オメーだろ」
「いてえっ」
 無論根源である坊主に睨みを返したその瞬間、遠巻きに聞こえる子供の奇声と同じくらいにうっすらと、携帯のバイブレーターの震動音が聞こえた。
「あ、蓮ちゃん鳴ってる」
「え……あー」
 放置していた四人分の携帯の中で、色を放つのは間違いようもない最古機種。
 頭に浮かんだ心当たりと云えば空を浮遊する雲と酷似する髪色で、電話を開くことすら戸惑ってしまった。それでも周囲からの珍しげな視線に負け、電話だったらどうしようと携帯を開いてみると、予想外にも、見えた文字色は真っ赤な一文字ではなかった。
「……利佳?」
 思わず呟くも、周りの悪友はなんだ利佳かとあっさりと話を流すのみ。
 蓮だけが、訝しむような視線を予想外の送信者に込めながら、手早くメールを開いていく。
 すると、その瞬間、絵文字も顔文字も明るい色一つない単色なメールが脳内を支配した。
“健悟血相変えてたけど、なんかあった?”
「…………」
 そして、送信者欄に映る利佳という文字と、本文に映る健悟という文字が並んでいるだけで、一瞬にしてすうっと気分が堕ちて行く感覚があることには、自分が一番愕いていた。
「――おーい、れんちゃぁーん?」
「、」
 羽生から顔の前で掌を振られ、はっとした顔を見せると「大丈夫?」と心配そうな表情を返された。
「……あー。ぼーっとしてた」
 苦笑交じりに頭を掻くと同時、“なんもねーよ”とたった一言、同様に単色な一通を送信して、蓮は振り切るように携帯の電源を落とした。
 改めてごろんと地面に背を預けると、疲労に素直な全身はぐったりと動くことを止め、目を閉じればそのまま寝てしまいたくなってくる。
 今更聴こえる煩い蝉の声に、暢気なものだと思っていると、隣では英語の補修を受ける事になったらしい羽生が蝉と同等の煩さをもって、何の被害も無い宗像をどうにか引きずり込めないかと画策しているところだった。
「…………」
 補習か、と声にならない呟きを飲み込めば、またもや頭に響く声がする。
“夏休み軟禁されたら一緒に登校しようね”
 紙一重で免れた補修だったが、きっと受けた所で一緒に登校するなんて有り得ないことだと分かっていた。
 それでもあの時は嬉しかったとか、捨てなければならない感情が後から後から溢れてくる。
 うーん、と心中に忠実に唸ると、体調が悪いと思われたのか武人が上から覗き込んできた。
「どした?」
 目を瞬かせ蓮を覗く武人は、体調を崩すなんて珍しいと表情で語っているようでもある。
「……おれさー、暫くおまえん家居よっかなー」
「なーに、また利佳と喧嘩したんでしょ?」
「そんなとこー」
 揶揄するような武人の口調に曖昧に頷けば、返答は聞く前から分かっていた。
 否定する筈が無いと無条件に信頼しているからだ。
 思えば、健悟の手を取ったときにも、握り返してくれるだろうと言う漠然とした許容が見えていた。高々出逢って数日の人間に、何故黙従してくれると思ってしまったのだろうか。その全てが、否、線引きの曖昧な部分が殆ど利佳からの指示だったのかと思えば、湧いてくるのは怒りよりも先に惨めさでしかない。
 今まで面の皮一枚で繋がっていた筈の劣等感がぐいぐいと押し寄せてくることが分かる。
 与えられたものには、なるべく同じ物を返したいと思うのが人間の性だ。
 トクベツを健悟から貰って、トクベツをいつの間にか渡していた。
 慰めて、慰められて、握る手の強さも同じで、たかが数日とはいえ友人よりは深い位置に居ると感じていた気持ちも、きっと同じだった。
 同じだと、勝手にそう思っていた。
 けれど、肝心な処で健悟には信頼を渡さなかったから、返って来なかったのかもしれない。
 今更気付いても遅いけれども、でも――ひとことくらい、相談してくれても良かったのに。
「…………」
 今まで、離れると言っても結局は欲に負けて絆されて、健悟が好きだと云う事実に負けていた。
 でも考えてみれば、健悟と居たことなんてたった数日の出来事なんだ。
 同じように数日離れて、そして、健悟は利佳のものだと、男同士なんて可笑しいと、幾度も言い聞かせればいつかは想いなんて不明瞭なものは段々と消えていくんじゃないだろうか。

 確かにもうすぐ帰ってしまう健悟だからこそ、帰るまでにこの気持ちを取っ払って、正面からまっさらな気持ちで送り出したい。
 ありがとうって笑顔で見送って、本心から別れられれば、きっとそれが一番良い。


 こうして、本当に離れるのなら、確かに「今」が一番良いのかもしれない。
 こんな気持ちを無くして、普通に友達に戻れれば、きっとそれが、一番良い。






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あきゅろす。
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