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『俺の場合、生徒さんの家にお邪魔させていただく機会があったんですが、そこでいただいたご飯がすごく美味しかったですね。優劣をつけるつもりはありませんが、俺が今まで食べたご飯の中で一番美味しくて、温かかったです』
 何事もなかったかのように答える健悟は体育館内の悲鳴を想像しているのかいないのか、キャストたちすらフリートークを知らされていなかったのか『なにそれー!』と一気に健悟に詰め寄っていた。『誘えよ!』と叫ぶように言った男の人を笑顔で撃墜した健悟に、再びざわざわと体育館内がうるさくなってく。
 「誰々?」と周りを見渡しながらも虱潰しに無意味な犯人探しをする者や、「ずるい!」と素直に叫ぶ者、その全てには羨望が隠れており、蓮は居た堪れなさに体育館を出ていってしまいたくなるほどだった。
『第二の家族みたいな?』
『勿論』
 質問に対して断言する“真嶋健悟”の顔には、滅多に出ない稀少すぎる笑みが浮かんでいた。
「これ……」
 武人の呟きは今度こそ蓮に届いたけれど、蓮は何も言うなとばかりに小さく横に首を振っている。
 体育館内では“真嶋健悟”が訪問して来た事実が羨ましいと、スクリーン内では美味しい郷土料理にありついた事実が羨ましいという会話が繰り返しなされていた。そして一頻り話した後にどんどんと会話は進んで行くのだが、今にも心臓が破裂しそうな蓮に、更なる追い討ちをかける言葉が降ってきた。
『撮影で面白かったこと? うーん……あ、そうですね。先ほど言ったご家庭の話なんですが、――』
 カシャン、と眼鏡を直す動作は律儀にも、またもや左手で行われた。
 そして、躊躇うことなく健悟は、自分の誕生日の話を始めたのだ。健悟の誕生日の前日、利佳が買ってきたケーキを食べてお腹いっぱいになったところでまたひとつ、忠敬が大きすぎるケーキを買ってきてくれたということだ。みんなが笑っていてバカになるほど腹いっぱいに甘いものを摂取したあの日のことを、健悟はまたもや温かい家庭だと褒めながら答えていた。
 主演女優に『可愛いご家庭なんですね〜』と画面の中で褒められながらも、生徒の中の評価といえば変わらず羨望の眼差しを含むもので、行き過ぎた嫉妬で「マジで誰だよ」と本気のトーンで聞こえて来たので蓮は絶対に名乗り出ないことを誓った。
「…………けんごあのやろうっ……」
 蓮の小さな小さな小さすぎる声は黄色い騒音に掻き消される。そして、あまりにも堂々と褒めてくる健悟が予想外すぎて、蓮の顔が見る見るうちに赤くなっていった。恥ずかしくてたまらないと、けれども嬉しいと、そう言いたげに。
 今はまだ暗い室内だから良いものの電気がついてしまえば全校生徒に一発で自分だとバレてしまうだろう、そんなくだらない自信があるくらいに、顔中が熱く火照って仕方がなかった。
『近いうちに必ずまたお邪魔します』
『こらー!』
 カメラを独占し勝手にメッセージを送信した健悟に、司会役の男が口だけで笑って制した。
 特定の人物に向けたメッセージは言うまでも無く本人に届き、蓮は自分宛だと確信する。目の前に居るのは“真嶋健悟”だけれど、たしかに健悟だと分かる、メッセージ。わざと振られただろう左手には指輪が光っているのをまた見つけてしまい、蓮は左手で覆っていた右手を更にぎゅっと握り締めた。
『じゃあ今度は私も行きます』
 ふざけるように女優が言えば、健悟は即答し『連れて行きません』と断言する。
『……真嶋さん冷たいー』
 哀しそうな瞳を向ける女優にも謝ることなく薄い笑みだけを浮かべる健悟に、司会の人からは『否定しろよ』という突っ込みが入ったけれど、そんな些細な会話に本気で嬉しくなった自分が居た。
 仕事にプライベートを挟みまくる回答は如何なものかと、蓮が無理やり気持ちを落ち着かせようとするが、質問に対する本心なのだとしたら否定する必要はない。ただのインタビューで、本日限り、この場限りのものなのだから、これは。
 そもそもいつだったか、健悟のプライベートな部分を殆ど知らないと言っていたクラスメートたちを思い出した。表には一切出すことのなかったプライベートな部分がいまこの瞬間、少しずつ話されているのだろうか。そんな稀有なことを、いままで一度もしなかったことを、なぜ健悟はこの場でしているのだろうか。

『――校庭かなぁ、東京ってやっぱり狭いから、あんなに広いグラウンド見たことなかったもん。私元陸上部だから走ったら気持ちよさそうだなーってずっと思ってたの、実は』
『走れば良かったのに』
『無理だよ〜』
 蓮が考え事をしている間にもインタビューは止まらず進んでいて、この地での印象に残った場所や行ってみた場所を挙げているようだった。
 他の回答は二人とも声を合わせて『温泉!』と言っており、蓮は落ち着き始めた頭で、明日から旅館が忙しくなるかもしれないとこっそり思った。
『俺は……そうだなぁ。いっぱいあるけど、』
 そして最後は勿論健悟で、苦笑しながら答えるそれすら様になっている。

『うーん……――展望台かな?』

 けれども、健悟がそう言った途端、蓮は目を見開いて現実を疑った。

 生徒たちは「展望台ってあそこ?」と口々に心当たりの場所を言っており、それが正に正解のものだった。
 この地に、展望台は、ひとつしかない。
『展望台?』
『え、そんなとこあった?』
『裏の山の奥にね』
『えーっ、なんで教えてくれなかったの、俺も行きたかったー!』
 ドクドクドクドク、心臓の音が耳元で響いて声が聞こえ辛い。心臓が邪魔だと本気で思った。
 仲間たちに答える口調とは一転、健悟はカメラに顔を向ければ至極真面目な顔をして、すらすらと台詞のようにインタビューに答えていく。
『映画でも映ってたと思うんですけど、夜空がこれ以上誉めようもないくらいに綺麗で、俺こんなに綺麗な星空って人生で初めて見たんですよね。プラネタリウムなんかよりも断然綺麗で、正直、本当に感動しました。柄にもなく色々な星を探してみたんですけど……まぁ、結局自分の星座すら見つけられませんでした。俺かに座で、少し時期がズレてたらしくて』
 わざとらしくも少しだけつり上がった口角、健悟が恍けるように付け足せば、冗談だと思われたのか画面からは「なにそれー」と小さな笑いが起きていた。けれどもその傍ら、蓮だけはそれ以上に大きな波に攫われていて、恥ずかしくて恥ずかしくて死んでしまいたくなった。

 だって、一緒に星座を探したのは、きっと――……俺だ。

 あのときのことを大切に思っていたのは、自分だけじゃなかった。
 想い出として残していたのも、純粋に楽しかったと思ったのも、きっと、自分だけじゃなかったはずだ。
 展望台で食べた健悟の作ってくれた晩御飯、星座を教えて、少しずつお互いのこと教えあった。静かに流れる空気の中で健悟を好きだと自覚して、情けなくも流れ星なんかに縋りたくすらなった。
 健悟が好きで好きで、それをあのとき、思い知った。
「……っ、」
 色々な思い出が一気にフィードバックしてしまって、懐かしさからか鼻の奥がジンと熱く揺れてしまった。
 その間もインタビューはどんどん進んでいくけれど、段々と薄い涙の膜がはってきた瞳では健悟を映し出す白い垂れ幕すらぼんやりと映り始めてくる。
『え、でもそんな場所ひとりじゃ分かんないよね? 誰と行ったの?』
『ん?』
 司会の人が目敏く聞けば、健悟は再び恍けながら足を組み直す。
『皆も聞きたいよねー??』
 主演女優がカメラに向かってこそっと言えば、聞きたーい! と生徒たちが素直に答えた。その光景はまるで小学生のようだったが、殆どの人が無意識のようで気に止める人物は居なかった。
 ただ蓮だけが静かに、次の展開を見守り続けていた。
『んー……』
 しかし健悟はキャストからの要望にも首を傾げるのみで、曖昧にお茶を濁す。
 そして、

『――……秘密。』

 わざと左手の人差し指を唇にあててカメラへとポーズをとるものだから、『え〜っ!』と画面の中でブーイングが起きたのは勿論のこと、体育館内でも驚嘆に混じり黄色い声が同等の比率で犇めき合っていた。
 『後で教えろよ!』と悔しそうなキャストすら健悟は軽い笑顔で誤魔化して、次の話題を促す。
 引きずることなく次の話題に移行すれば撮影の登場人物に付いての質問となり、蓮との関係性は断ち切れた。けれども未だに画面は健悟を映していることに変わりはなく、蓮は今の会話を思い出しては泣きそうに唇を震わせていた。
 その様子に見かねてか、武人がぽんぽんと頭を撫でてくる。
 それは自分だけは知っていると、肯定しているとでも言いたげな優しさを持っていて、蓮は堪らず自分の腕で乱暴に目元を拭っていた。



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