桜舞う
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「詠さん、この庭で好きな場所があるんですよ。そこでお話しませんか?」
手を引かれ連れて行かれたのは静かな東屋だった
この東屋は昔、祖父に潰された商売敵が首をくくった場所だと聞かされたことがある
気味の悪い場所だが父がこの東屋を壊すのを反対したから祖父はこの場所を残したらしい
東屋に座ると隣りに義孝も座った
近い距離に心臓が高鳴る
東屋の大きな梁を眺めながら詠は緊張していた
「ここが好きなんですか?」
詠の問いかけに義孝は低く笑って、ええと短く答えた
「………僕はあまり好きではありません」
詠の返事に義孝は特に気分を害した様子もなく庭を眺めている
詠はその横顔を眺めながら綺麗だと思った
高い鼻梁に理知がうつる切れ長の目、秀でた額は神様の産物だろう
その長い指は他人を抱く時にはどう動くのだろうとまで想像を巡らせて詠はカッと体が熱くなるのを感じ視線を逸らした
「ここは静かで時間の流れがゆっくりでしょう?あの場所だけが詠さんの場所ではないのですよ」
静かで穏やかな声に続いて詠の唇が義孝の唇によって塞がれた
熱くて甘い
都合の良い夢を見ているのではないだろうか
深くなるキスに目を閉じることもできずに侵入してくる舌に答える
息を奪い去る長いキスが終わった時には唇が熱をもって腫れ息が弾んだ
「………居場所になってくれるとか?」
自分は男で義孝も男で
こんな関係は正気の沙汰ではないと理性が叫んだがその時の詠は感情がもうばらばらになってしまいそうだった
誰にも必要とされていない自分に耐えられない
何かに縋らなければ自分を保てそうになかった
その縋る対象が密かに惹かれていた義孝ならばなおさら。義孝に必要とされたい
「ええ。居場所になってさしあげます」
義孝の微笑みながらの言葉に詠は真っ直ぐにその瞳を見返した
どこまでも優しそうな義孝の美しい虹彩
虫の音がやむ
暗く湿った草木の匂いに空気が沈んだ
夜は物哀しい
「詠さん、愛しています」
なんて哀しい響きの言葉なんだろう
煌めく義孝の清涼な目を真っ直ぐに見つめる
“愛している”
それが嘘だなんて詠にだってわかった
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