桜舞う
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宮細工を取り入れた東屋はそこだけ切り離された世界のように庭から浮いてそこにある
あれから気味が悪く嫌いだった場所は詠の好きな場所に変わった
ベンチにゆっくりと座って庭を眺めているとあの日の熱が戻ってくるようで詠は唇を指で撫でた
「………義孝さん」
ぽつんと零れた名前の響きだけで胸の中が温かくなった
白い花が咲き誇る庭に向けて脚を伸ばしてぶらぶらしていると麦藁帽子をかぶった庭師の岩城十月(いわしろ とつき)が剪定鋏を片手に現われた
詠と同い年の十月は幼い頃はよく遊んでいたが中等部に進学したあたりから避けられていた
元々、大人しい詠と寡黙な十月ではあわなかったのかもしれない
十月は日に焼けた肌に大きな体をのそりと動かして目付きの悪いその目をぎょろりと詠に向けた
久しぶりに見る十月は大人っぽく精悍でむっすりと結んだ口元が男らしい
十月は顔が整っているのだがその寡黙さゆえに女の子が近付きにくいのだと聞いたことがある
頬杖をついたまま十月を眺めていると東屋にいる詠に気がついたのだろう
十月は麦藁帽子をあげて目を眩しそうに細めた
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